第二部 ジジェクの政治:緒論「否定的なもの」から「政治的なもの」へ

1、第一部の総括と問題点

 私たちは第一部で「否定的なもの」の問いという観点からジジェクの哲学と倫理を解明した。ジジェクの政治理論はその哲学的立場の応用であり、「否定的なもの」は第二部では「政治的なもの」として現れることになる。かくして第一部と第二部との連関の基礎を作ることを目がけて改めて第一部で到達された立場と帰結と問題点を総括しておこう。

 ジジェクの立場は、哲学・存在論の領域では、あるいはハイデゲリアンとしてのジジェクという解明に従って、一切の存在論の可能性の条件となる存在論のメタ理論の領域と言うべきかもしれないが、その領域では「弁証法的唯物論」として、また倫理の領域では「欲望に関して譲歩するな」という欲望の倫理として明らかにされた。

 まず「存在論のメタ理論」という言い方について解明しておこう。この言い方はハイデガーの議論の三層構造に対応する。すなわち、「存在者」「存在(者性) (Sein/Seiendheit)」「Seyn」である。存在者とは私たちの周囲にある諸事物であり、存在(者性)とは、存在者が存在者として現れ規定されているときに、それを参照することによって存在者が存在者として規定されている存在者一般に共通の内容、その「何であるか(Wassein)」(GA3.14)である。

 それは「存在する」とは何かへの答えであって、この意味での「存在」が、何が「存在する」ものとして、何が「現実」として私たちに現れてくるのかを決定している。ハイデガーは例えばアリストテレスのエネルゲイアやニーチェの力への意志を挙げている。彼らはそこから存在するとはどういうことか、何が本当に存在するのか、何が現実なのかを理解したのであって、存在者がありありとあるあり方をそのような言葉で捕まえたのである。

 このSein(Seiendheit)のレベルが厳密な意味での存在論の次元である。さて、だが、このように存在者の存在Seinが認識され論じられうるためにはまずもって存在者が存在者として現れていなければならず、「ある!」ということが端的に経験されていなければならない。「ある」ことの赤裸々な経験としての「存在の真理」が先行していなければならない。これがSeynであり、一切のSeinレベルの存在論を可能にする存在論のメタ理論の次元である。ジジェクの「弁証法的唯物論」が「存在論のメタ理論」とも見なしうるのは、その焦点たる否定性がSeynと重なり合うものだからである。

 ここで「弁証法的唯物論」と「欲望の倫理」の基本的立場をもう一度要約的に示しておこう。それは「唯物論」として物質しかないことを認める。だが物質が「全て-ではない」。物質でないものはないが物質が全てではない。では何があるのか。何もない。ということはつまり「無」があるということである。この「無」こそ物質が現象することを可能にするものであり、ヘーゲル風に言えば物質的「実体」に内在する「主体」である。

 経験的なものの素になるものである「実体」には超越論的構成と現象を可能にする「無」が内在している。ここにこの唯物論の弁証法的次元があり、端的に「全てが物質である」とでも表現されるべき機械的な唯物論との差異がある。そして経験的なものの領野そのもの、つまり「現象」にしても「主体」という「無」の次元を自らの可能性の条件にするものとして「否定性」に貫かれてある。「現象」は一種の意味的な全体性であるにせよ、それそのものとしては偶然的で支えなきもの、必然的に崩壊しゆくものなのである。ジジェクによるラカンの転用を用いて言い換えれば象徴秩序は一貫しておらず〈他者〉は存在しない。これが「弁証法的唯物論」の梗概である。

 さて、「弁証法的唯物論」の諸側面を観念論との反対関係からも照らし出しておこう。それは唯物論として観念論に反対する。観念論とは何か。ジジェクの考える観念論は二つある。

 一つは経験の領野の彼方に何らかの叡智的なものを想定する立場であって「最高の存在者」として存在者・現象全体を基礎付ける「神」は典型的な観念論の形象である。この「観念論」には「限界が超越に先立つ」こと、叡智的なものとしての超越的なものは主体の否定性と相関的に生じた彼岸の場所を埋めているだけであり、本来的にはそこには「主体という無しかない」という認識を対置しなければならない。超越的実体があると思ったところに主体という無しかない。だからこの無は実体そのものに内在的だと、実体が主体なのだと感得される。この身振りで現象の領野は超越的な物自体によって根拠づけられるいかなる可能性も失う。再びこの言い回しを用いるなら、〈他者〉は存在しないということになる。

 だがここで現象の領野、象徴的領野の外を論じるいかなる可能性も認めない言説的観念論、おそらく超越論的観念論といってもそう間違いではないだろうが、そういった第二の観念論に陥る危険もやはりある。それは言語の介入による「世界」の開示をそれ以上遡行しえない出来事にしてしまう。これに反対して物質からの現象の生成を論じなければならず、「〈出来事〉の背後に回るリスクを冒し、あらゆる存在論的開示を可能にする切断、恐ろしい収縮(contraction)を名指し、その輪郭を描いてみるべきである」(Žižek [2009a:166])。この収縮、「主体という無」を、現象することを可能にする物質に内在する裂け目として認識し経験しなければならない。この認識を可能にし、それによって「弁証法的唯物論」の認識全体を可能にするのが原初的な否定性、絶対的否定性の(再)経験であり、ジジェク的に解された「キリスト教的」経験である。そして以上の要請に答えるものとも見なしうる倫理的立場がジジェクにあっては「欲望の倫理」であった。

 「欲望の対象-原因」、いわゆる対象aは原初的な否定性の場所、〈物〉の空虚、ジジェク的にいえば主体の空虚を埋めている。この否定的なものの場所を経験するには、私たちはまず任意の対象をそのために一切を犠牲にすることで〈物〉の威厳にまで高め・昇華し、これでは超越的な〈物〉への献身として先の第一の観念論の立場に留まるわけだから、続いてこの対象自身を犠牲にしなければならない。そうすることで対象が埋めている〈物〉の空虚、実体そのものに内在する空隙としての主体そのものの経験が開かれうるという。こうして恐らくは適切な「弁証法的唯物論」の理解が可能になるわけである。

 こういう次第で第一部で私たちはジジェクの哲学と倫理をそれなりに一貫し完結した形で展開し得たし、そういうものとしてのジジェクの立場を支持するつもりである。

 ここで最後に改めて確認しておきたいのは私たちにとって唯一的な問いである「否定的なもの」の問いの根源性と、その帰結、その究極の次元についてである。なぜ「否定的なもの」を問うことがそれほど根源的なのか。ここではやはりハイデガーに依拠するべきだろう。

 というのも、ハイデガーに依拠することで「否定的なもの」と人間の始原関係を一切の問いの可能性の条件として、そしてまた一切の真理の可能性の条件として解明しうるからである。

 問うことの可能性の条件という点に関していえば、ハイデガーはWMで問うことの可能性を「無」の開示に求めている。というのも、「なぜ」と問うことは問われるものが現にあるように「無」いことの可能性の了解を前提とするからである。問われるものが現にあるように「無」いことがありうることが暗黙のうちにであれ了解されることによって初めて、「なぜ」現にそうなのかという根拠が問われうる。

 おそらく事態がそうであるがゆえにソクラテスが「否定的なもの」の声、ソクラテスを自らから、共同体から、肯定的な諸物から切断するダイモーンの声にことさらに耳を澄ますことによって、「否定的なもの」と人間の原初関係が初めて多少なりとも明確な自覚にもたらされることにより、ある卓越した仕方での問うことが生じて「哲学」が創始されるのである。

 とはいえ、ハイデガーの述べるところでは「形而上学」としての「哲学」は、この「否定的なもの」の運動を「Seynそのものである退去」としては捉ええず、「否定的なもの」の原初運動によって可能になり、それがもたらす不安によって必然ともなった根拠への問いを突き詰めて、存在者を存在から、時には最高の存在者から基礎付けようと試みるに留まってしまったのだが。

 否定的なものと人間の始原関係は形而上学としての哲学を可能にしつつ、そのものとしてはその視野に入らない。形而上学としての哲学が見ることが出来ないのは、任意の見えないものないし語りえないものではなくて、純粋な見えなさそのもの、語りえなさそのものとしての「否定的なもの」の原初運動である。

 恐らくギリシアにおける「第一の原初」以来「形而上学」は以上のような一貫した傾向性を持っていると見なす「存在の歴史」という大げさな歴史図式は正当化しがたいものだろうが1)私たちはジジェク的な立場から、このようにいう根拠を「有限性」の論点をめぐる形で挙げておいたが、別の視点からの議論として、例えばアガンベンはハイデガーが批判するような西洋の「形而上学」は「無」の思惟としての「否定神学」をほとんど初めから裏面として持つ一種の二重体制としてあり、従ってハイデガー的思惟は「形而上学の克服」であるよりも、むしろその反復ないし継続でしかないところに限界があると論じている(cf. アガンベン[2009])。西洋形而上学がそれを一貫して問えなかったということはないというわけだ。私たちとしてはアガンベンがそれを超えて提起している「否定的なものの声」を聞くことのない人間性の経験、言語の経験というものが未だよく了解出来ないし、またハイデガー的立場を批判的な意味を込めて「ニヒリズム」と名指し、そこからは人間に適した住処という意味での「エートス」が生じえないとして克服するべきものとみなすアガンベンの立場も、やはり一面的であるように思われる。、ハイデガーが哲学の根本領野を「存在」に見定めることで、ジジェクの言うように「物理的なレベルと形而上学的レベルとの、[あるいは]経験的レベルと超越論的レベルとの、伝統的な哲学的差異を極端にまで持ちきたら」し、後者を「無」として解明し、そうすることで「否定的なもの」を改めて殊更に問うことを可能にした功績は計り知れない。

続いて真理の可能性の条件という点に関していえば、私たちが第一部第三章で二重の超越論的遡行と呼んでおいたものに従って、言明の言明されるものへの一致としての実証主義的真理の可能性の条件はあるものが特定の何か「として」すでに開示されてあることであり、だがその開示の可能性の条件は存在が、あるものが存在者として開示されてあることであり、そのまた可能性の条件は「ある!」ことの端的な感受としての「存在の真理」として、まさに人間が存在者と無との狭間を経験していること、つまり、人間と「否定的なもの」との始原関係そのものである。だから「否定的なもの」はどんな真理よりも古い最古の(非)真理なのである。こうしてハイデガーの超越論的遡行に従う限りでは、「否定的なもの」、つまりハイデガーの言う「存在そのもの」の問いが一切の問いと真理の可能性の条件の問いとしてどんな問いよりも根源的なのである。

そしてこの問いの究極的次元そのものの問題に移るなら、それは「creatio ex nihilo」、意味の地平としての世界・象徴的世界の開かれそのものの、開闢そのものの、超越論的構成の、そもそもの初めからのやり直し、「無からの創造」である。

 ヘーゲルが哲学の課題を「夜/無」としての「絶対的なもの」からの再出発、「存在を非在のうちに―生成として、分裂を絶対的なもののうちに―その現象として、有限なものを無限なもののうちに―生として、措定すること」(Hegel [1986:2-24-25])だと語るとき、そしてラカンが「死の欲動」を無からの創造の意志として名指し、ジジェクがそれを引き受けて「死の欲動」の極限、それを象徴的自殺の「行為」として、私たちの生を構造化している象徴的世界の解体として、だがそういうものとして新たな社会的絆、新しい象徴秩序そのものの基礎づけとして、そして全く新たな生のはじまりとして解するとき、恐らく問題となっているのはその次元である。

 ハイデガーも恐らくはこれと並行的に解釈することが出来るだろう。明らかに開闢そのものを指示する、そのいわゆるEreignisないし「第二の元初」への移行は、「存在の真理」の生起として「無の無化」であったし、またハイデガー的な「創造(Schaffen)」の定義は存在者がもっと存在者的(seiender)になること、よりありありとすることとして明らかにこの「存在の真理」=「無」の働きと関連する。

 ここに「無からの創造」の構図を読み取らないことは難しい2)ここから「芸術的なもの」の経験についても何がしかの示唆を得ることが出来るかもしれない。「芸術的なもの」は私たちの予期の領野、私たちの経験を規定している象徴的領野に収まりきらないものとして、カントの崇高のように、その領野を破壊する無化的な衝撃として働くのだが、そうすることにおいて「芸術的なもの」は他のどんな対象よりもありありと浮かび上がるのである。ここにハイデガーの芸術作品の規定、それは「存在の真理」が自らをうち立てる場所なのだとする規定についても、この視座からアプローチすることが出来るかもしれない。。もちろん、ここで言われているのはオンティッシュな創造、存在者そのものの直接の創造ではなく、存在のレベルでの、象徴的なレベルでの創造、象徴的枠組み、意味の地平としての世界のラディカルな再創造である。「超越論的構成は[オンティッシュな]創造ではない」(Žižek [2009a:7])。

さて、以上全てから導き出される第一部の一つの結論を述べておけば、私たちからすると、やはりこのもっとも根源的な問いとしての否定的なものの問いを問うべきであり、またもっと根本的に言えばまずもって否定的なものを感受し、それに応答するべきであると思われる。なぜか。

 この点を私たちが第一部で諸々の言葉に与えておいた意味から振り返っておこう。「理性」はジジェク的なカントとヘーゲルの解釈に従って、ある原初的狂気、人間と絶対的に否定的なものとの原初的関係付けであり、またそれによって可能となり必然ともなっている絶対的な〈物(自体)〉への衝迫である。

 それが何か超感性的なところに肯定的に存在するものへの衝迫と見誤られることはあるにせよ、〈物〉は実は空虚であり、従って「理性」は絶対的に否定的なものへの衝迫、否定的なものへの意志である。理性はそれを通過しなければならない。

 続いて「思惟」についていえば、ハイデガーに従って優れた意味での「思惟」は退去することによって私たちを惹きつけるものの、自らからして思惟せしめるものの思惟であり、つまり、原初的な否定性、そういうものとして退き去りつづけ、そもそもが退き去りであるSeynの思惟である。これこそが卓越した意味で「思惟」することであって、だから私たちはジジェクに従って始原的否定性を唯一の真のSache des Denkensとみなす。「思惟」は否定的なものの思惟である。

 そして私たちの観点から「哲学」に関して述べてみるとすると、ジジェクとハイデガーにある仕方で従って、そしてソクラテスという決定的な形象に凝縮されているように、それは否定的なものと人間の原初的関係の多少なりとも自覚的な感受、応答、問いであり、一言でいえば人間と否定的なものとの原初関係の遂行である。「否定的なもの」だけが問いを可能にし必然的なものとする。

 「理性」「思惟」「哲学」は否定的なものと人間の原初的関係性の周りをめぐる。この三つの語の中心に座する「否定的なもの」と人間の原初的関係性が人間のもっとも根源的な本質なのである3)この本質は、もちろん、サルトル的な「実存が本質に先立つ」に反するものではない。人間と否定的なものとの関係と私たちが呼んでいるものこそが、人間を肯定的な諸本質から解き放ち、「実存が本質に先立つ」ようなあるものにする。サルトルは『実存主義とは何か』で「実存が本質に先立つ」というテーゼを、神による「創造-設計図」がないから「本質」が不在なのであるとすることで明確に無神論と結びつけるが、私たちの視座からすると人間を「実存が本質に先立つ」ようなあるものとする「否定的なもの」に何か神的と呼ばれるべき次元があるのである。ところでアガンベンによると、リンネがホモ・サピエンスという人間の学名を案出した際に考えていたのは「知」一般ではなく自己認識であり、人間と猿を区別するのは、この自己認識くらいしかないということがリンネの論点であった(アガンベン [2011:Ch7])。ジジェクもまた人間には「肯定的-実体的規定」はなく、人間を人間にするのは自己認識という形式的身振りに過ぎないことを論じている(Žižek [2009a:44])。だが、重要な点は、この自己意識が一切を変えるという点であるように思われる。というのも、サルトルも認めるに違いないことだが、自己意識こそが「否定性」であり、そしてまた「否定性」こそが、もちろん、先にそのヘーゲル批判で見た通りハイデガーはそれを「意識」の「反省構造」には帰着させないが、存在了解の起源であるからである。この辺りの錯綜した関係に人間の本質を求めなければならない。そのことを表現したのが人間の本質としての人間と否定的なものとの原初関係である。。これは―否定的なものの否定性から革命的なものの革命性を思惟する私たちにとっては―「人間である」とは革命への、もっと正確に言えば、何かしらの具体的な革命ではないにせよ、少なくとも革命的なものへの”Yes!”であるということと同じである。

さて、もちろん、この第一部の総括は大仰なものであり、私たち自身がその大げささに戸惑っているし、その突飛さと非常識性は私たちにヘーゲルやハイデガーやジジェクにあって何かが誤っているのではないかという疑いを生じさせる―あるいはもっとありそうなことには私たちの理解が誤っているのではないかという疑いを。

 だから私たちは第一部の歩みの中で何度か留保のようなこと、問いを開く身振りを行ったのである。そしてそれは結局―彼らが持っているだろう経験の明証については考慮の外におくとすると―超越論的な問い、可能性の条件の問いとは何なのかという問題に収斂するように思われる。

 「原初的/始原的/絶対的」といった大げさで人によっては耳障りな言葉は全てそこに淵源している。つまり、私たちの現にある経験を可能にしているものを問い尋ねる超越論的な問いを次々に遂行していくと最終的に何かしら「否定的なもの」と名指されるべきものを絶対的に原初的なものとして肯定せざるを得ないのではないかということである。

 ヘーゲルは世界が「私の」世界として成立する瞬間、つまり、表象一切に伴いうる「私が考えているのだ!」という自己意識が創設される瞬間、表象が単に受容的な直観から産出的構想力の産物に変わる瞬間に、外的で直接的な存在が絶対的に否定され再構成される「世界の夜」という主体の最深次元を見定め、この主観と客観のある仕方での同一性が生起する「思弁」の場所を「夜」としての、「無」としての、「絶対的否定性」としての「絶対的なもの」として把握する。そこから「世界」が生成しなければならない。

 ハイデガーにとって存在者との関わり、カント的な「経験」を可能にするのは、現実の現実性を規定するもの、存在者を存在者として規定するものとしての「存在」であり、ハイデガーは存在者の特定のあるものとしての開示から、その可能性の条件としての存在者の存在者としての開示へ、すなわち、存在の開示へと遡行し、そこから更にその可能性の条件としての「ある!」ことの端的な開示としての「存在の真理」へと遡行するのだが、これは「無の無化」による存在者と無との境界の経験である。だから原初的なのは「無」の生起としての存在そのものの始原的退去運動である。それ故「Seynの真理へのJaとしての現-存在」は「無化へのJa」なのである(GA68.47)。

 そしてジジェクにあっては、ヘーゲルやシェリングやハイデガーが混ぜ合わされることになるのだが、その議論の中心的なラインを一つ取り出しておけば、以下のように表現出来るだろう。私たちの住む象徴的世界は世界を言語的に分節しているが、その分節は一通りではなく複数的である。ここから「直観の有限性」を推論出来る。というのも、直観が無限であったなら私たちは事柄の真のありように到達し複数的な世界の意味的な分節の可能性が存在しないことになるからだ。

 直観は有限であり世界の真のありようなるものがアクセスしえないが故に〈現実界〉に根拠づけられていない複数的な〈象徴界〉がある。さて、そうであるとすると、この〈現実界〉から〈象徴界〉への移行には、ある暴力性が存在していることになるだろう。それは必然的にある偏った見方の押しつけなのであり、従って、〈現実界〉そのもののラディカルな再構成を含まざるを得ない。

 これが象徴的世界を作り出す主体の「否定性」であり、象徴的世界を産出する過程に含まれる絶対的否定性の契機である…。あるいは、ハイデガー的な別様の論理では、直観の有限性が含意する「存在者」の領域の「全て-ではない」が帰結する「無」こそが現象を可能にするのであり、そういうものとの関係にあって初めて主体は主体なのである…。

 こういった議論に疑いが生じてきていたわけだが、私たちの能力上の問題、すなわち、まだ解明が進んでいないことによって、そしてまた本稿の課題の性格―「否定的なもの」の問いの最初の遂行―からして、本稿ではこの問題に深入りすることは出来ない。それでもこの点を問う筋道の一つを提示しておこう。以下は確信を持って言われているのではないし、本稿のうちでおそらくもっとも基礎付けられていない部分だろう。

 さて、その筋道とはもちろん超越論的思惟を問題化することなのだが、より具体的にいえば、第一に超越論的問いの超越論的問いを問う、つまり「可能性の条件」を問うという仕方の「可能性の条件」を問うということであり、それと連関する形で第二は「超越論的なもの」の存在性格を問うということである。

 第一に関して、超越論的な問いの問題的性格としてすぐに思い浮かぶのがハイデガーが肯定的に引き受けた「循環」の問題だろう。超越論的問いは経験に先立ってあるものを問うのだから、経験の中にいる私たちがその問いを問う時には問われ獲得されるべきものが常に既に必ず先取りされている。それをハイデガーのように、そういうものだとして引き受けるのではなく、ここに何かしらこの種の問い一般の問題性格を見ることは出来ないだろうか…。

 あるいはまた別様に問えば、超越論的な問いが「あることが可能であるために何が起きていなければならないか?」と問う時に前提とされているものは何だろうか。第一にその「あるもの」の非自明性だろう。「あるもの」がそもそもの初めからかくあるようなものであるなら、それが可能であるために必要であるものなど問えるはずがない。

 第二に必要なのは、この「非自明性」の存在によって思考の必然的な契機となる「出発点」、「あるもの」がそこから出発して可能になるような「ゼロ地点」だろう。現に非自明的な「あるもの」があり、それに対して自明であると見なされる「出発点」があって、この両者の対照から、「あるもの」が存在するために何が起きていなければならないかが問われ答えられうるようになる。だが、ここで定義上「あるもの」が常に既にあるとされている場合(「循環」)、その「あるもの」以前の「ゼロ地点」など決して確定しうるわけがないのではないだろうか。

 例えばカントはなぜ現にある「経験」よりも無秩序な「直観」の多様の方が先行的であると「経験」から出発して言うことが出来たのだろうか。また恐らくこの「ゼロ地点」の確定はハイデガーがまさに超越論的問いを先鋭化したのと同時に行った「動物」論の意図の一つでもあると思われるのだが、ハイデガーも認める通り、その動物の経験にしてもやはり人間の経験の内部から眼差されているし、私たちは動物の経験自体を経験できない。だから、それをそれとして確定も出来ないし、またそれを人間にとってのゼロ地点と確定することも出来ないのではないか。

 だが、以上の疑問の他方で私たちとしても、最初にあるのは直接的で無秩序な直観、あるいは動物がかくあるように環境世界に囚われてあることであって、それから一貫した経験の領野が、世界を形成する自由な人間が可能になるためには何が必要だったのかを問わなければならないという問題構成は、直感的に正しく感じられることも確かである…。

 あるいはカントのNonとでもいうべきものについて思いをめぐらせてみてはどうか。ハイデガーは全集68巻”Hegel”の後半でドイツ観念論の問いを「なぜカントがその内に対象の可能性の条件、すなわち対象性を見いだした人間の有限な自己意識自身について、[今度は]それ自身がそこからアプリオリに可能になるところに向けて問いかけられてはいけないのか?」、そうやって「最初にあって一切を条件づけつつ最早条件づけられていない絶対的なもの」にまで行って何がいけないのかという問いとして把握している。そうしてそれはやはりカントによって敷かれた道であるという。というのもカントの中にはそこから以上の問いが可能になる幾つもの「深淵的なもの」があるからである。

 そういってハイデガーはカントが「考えている私が私自身にとって(直観の)対象となりうるということ、すなわち自らを自ら自身から区別しうるということがいかにして可能かということは、それが疑いえない事実であるにもかかわらず、絶対に説明不可能である」と述べていることを引用する(GA68.113-114)。さて、この主体の始原分割の場所こそヘーゲルが「世界の夜」と名指した場所なのだが、繰り返されるカントのこの種のNonには何か意味があるのではないだろうか。その正確な意味は何か…。

 続いて、第二の「超越論的なもの」の存在性格の問題に移ろう。これはつまり超越論的な思惟によって「あったのでなければならない」とされるものはどういう存在性格をもっているのか、それが「あったのでなければならない」とは正確にはどういう意味なのかという問題である。

 ジジェクにあってもこの点に揺れがあるように見える。私たちは第一部第二章でジジェクの象徴化以前の語りが「神話」から「(超)超越論的」なものに移行したことを指摘しておいたが、それと恐らく相関するのが〈現実界〉のステータスが「不可能」から「可能」へと移行したことである。

 ジジェクは1993年の時点では〈現実界〉について、カントの超越論的主体に即しつつ、それは「必然的」(あったのでなければならない)と同時に「不可能」(直観された経験的現実性で埋められない)な「論理的構築物」とされていた(Žižek [1993:14])。

 しかし、その後〈現実界〉、つまりジジェク的には「世界の夜」だが、それは確かに「直観された経験的現実」かどうかは定かではないが、確かに経験「可能」であるとされるようになる。この「不可能」から「可能」への移行、それがジジェクにあってはカントからヘーゲルへの移行だが、それについて盛んに語るインタビュー集の最終章は、かくして「奇跡は本当に起きる」と題されている。

 つまり、ここでジジェクは「あったのでなければならない」のだから「あった」のだし「ありうる」という立場をとっているように見える。これは「元初」とEreignisを語るハイデガーにしても同様だろう。問題はこれは「あったのでなければならない」ということの意味を取り違えた不当な「実体化」なのかそうではないのかということである。

 それは常に既に経験の中にある私たちが事後的に「あったはず」という形で見出すしかない「超越論的なもの」を初めに現にあったと措定する身振りとして何か倒錯的なことなのだろうか。たしかにそうも見えるのだが、ではそうであるとして「あったのでなければならない」ものの存在性格はどのように正確に規定しうるのか。それが肯定的になされない以上、あったのでなければならないのだからあったという立場がさしあたり自然に見えることも確かである…。

 だが、このくらいにしておこう。私たち自身まだ手探り状態であり、この種の議論を展開するには明らかに準備不足であるからだ。ところでなぜ私たちが一方で第一部の歩みにそれなりに確信を持ちつつも、以上のようにそれに抵抗しようとするかといえば、この方向性ではこれ以上先に進むべき場所がないように思われるからである。

 確かに「否定的なもの」の問い自体は終わりなきものであるにせよ、私たちはまだ同じことを繰り返せばよいという心持ちにはなれない。それはそれとして、そろそろ私たちは第一部の議論から自らを切り離して第二部の政治の議論に入っていくべきだろう。

2、「否定的なもの」から「政治的なもの」へ

 さて、ジジェクの政治はジジェクの哲学の応用であり、その展開である。その中心にあるのは「否定的なもの」ないし〈現実的なもの〉を優れた意味での「政治的なもの」と解するという構想である。だが、この応用ないし展開は困難なものであり一筋縄でいくことではないし、両者の分断をこそ見据えなければならない。

 実際ジジェクのこの応用にあってはいくつもの紆余曲折があり、また挫折があった。「紆余曲折」について言えば、先に参照したジョンストンも哲学の領域に比したときジジェクの政治理論は著しく一貫性を欠くという見方を表明しているし、ジジェク自身も「何をなすべきか」の「公式」を自分は持っていないといっている―この点は何度強調しても強調しすぎるということはない。

 また一種の「挫折」の帰結と見なしうるものとして、ジジェク自身が政治について究極的には「私の心はそのうちにない」と言い、自らの本来の思惟領域として「哲学」を挙げているという事実もある。

 私たちにとってもジジェクの政治を論じることは、その帰結が測りがたく、また芳しくない点―否定的なものから何を帰結として引き出しうるのか、あるいは何が帰結として生じてしまうのかという点―で困難であり、一種気の進まない試みであることは否みがたい事実である。

 ジジェクの政治に関する議論は、一方でその議論がジジェクの哲学により深く基礎付けられている時には、やはり「現実政治」とは少々遠い抽象事になりがちであり、他方で哲学から離れた時には理論的射程の大きくない思いつき程度の意見に堕しがちであるようにも思われる。

 そういうわけで私たちの以後の議論の展開においては、ジジェクがいかに自らの基本的な哲学的立場を展開し応用することで、様々な政治的結論を引き出しているのかという点が探求され、またその正否が検討されなければならない。これが第二部の目的である。

 まずジジェクの「政治」の発端を明らかにし、続いて第二部の概要を提示しよう。ジジェクが登場した時、その政治理論のひとつの焦点はイデオロギー理論の再興であり、もはやポスト・イデオロギーの時代であるという言説に抗して既存の社会への不満や批判を不可能ないし不可視としてしまうようなイデオロギーのメカニズムが未だ存在していることを主張することであった。

 ジジェクはこれを図式化され哲学化されたラカン理論の応用によって遂行し、その適用可能範囲がどれほどのものかという点について議論はあるだろうが、序論第四章で展開した通り一貫した理論構成を完遂しえたと評価することが出来るだろう。

 さて、そのような理論構築がなされたとして、続く主題はそこからの出口の探索とならざるを得ないだろう。その第一の出口は、すでに序論第四章で明らかにしておいたラディカル・デモクラティックなジジェクであり、「幻想」による否定性の隠蔽に抗して政治空間の裂開、すなわち政治的変革の可能性を開き続けておくという立場である。しかるに、ジジェクの考える第二の出口を判明にするためには、ジジェクの哲学全般を検討する必要があるということが第一部への移行の一つの理由をなしていた。いまや第一部の議論を歩み抜くことによって第二の議論の輪郭が既にぼんやりながら浮かび上がって来ている。

3、第二部の各章の構成

 ここから第二部の構成を与えることが出来る。第一章の主題はジジェクの哲学の政治への応用の基本的論理を明らかにすることであり、このことはOliver Marchartによる”Post-Foundational Political Thought”についての研究を媒介にして行われる。そこではMarchartにならってハイデガーから出発しつつ「否定的なもの」から「政治的なもの」への道筋をはっきりさせること、そしてそのジジェク的な遂行の形態が追求される。

 続く第二章の問題はジジェクの哲学の直接的応用としての「行為」の政治とその挫折である。ここにジジェクなりの哲学と政治の切断が存在する。このことの理由はジジェク自身の言明に従って「行為」の論理が含む破壊性のある種の過剰に求められる。

 第三章と第四章はジジェクによる哲学の政治への応用の別の形態、すなわち「否定的なもの」の存在論の適用から生じる「形式」的な変革の論理を明らかにすることが試みられる。それは確かに「形式的」であり、それだけでは現在の体制についても将来の体制についても肯定的な内容に関してはほとんど何も規定しないが、その範囲内においては価値があるように思われる。

 ここで問題になるのはジジェクの言うところの政治的普遍性、政治的変革における普遍性の二つの論理、「例外によって可能になる普遍性」と「例外としての普遍性」の対比である。「例外によって可能になる(例外の排除による)普遍性」の論理はラクラウによって代表される。ラクラウのいうヘゲモニーの論理、あるいはポピュリズムの論理は、暴力的に要約すれば、「悪」を具現する個別的/例外的要素を排除することで、他の全ての立場が合意しうる普遍性が立ち上がるという論理だからである。第三章ではラクラウの理論構成を正確に再構成しつつ、以上の理論構成に異議を唱えるジジェクとラクラウの対立関係に焦点を当てる。

 第四章は「例外の排除に基づく普遍性」の反対ともいうべき「例外としての普遍性」の論理を取り扱う。これをジジェクはバディウおよびランシエールによく帰しており、自らも肯定している。これは「例外的要素の排除による普遍性」とは反対に、排除された例外的要素そのものが普遍性を具現しているという思考様式であって、前章で明らかにされた通りある例外的要素の排除によってある種の、体制的なとでもいうべき普遍性が支えられている以上、この例外的要素の場所、排除されたものの立場から介入することで、その体制的な普遍性の(非)真理を、そこに残っている「敵対性/否定性」を明らかにすることができ、その普遍性を揺るがすことが可能になるということである。本章はこの論理を解明することを目的とする。

 また第四章はこの論理の応用として成立している、現代に存在する敵対性と例外的普遍性を具体的に明らかにしようとするジジェクの近年の試みに触れる。とりわけ金融危機以降、ジジェクは現状に対する根本的な変化の可能性を生み出しうるような現実の敵対性を名指すということに一定の力を注いでいる。ジジェクはそのような敵対性の証示を通じて、20世紀のコミュニズムは失敗したにせよ、コミュニズムがそれへの応答として生じたような諸問題は生きていることを示し、それゆえコミュニズムについて再び考え直さなければならないという呼びかけを行おうとしている。本章ではその成果を、それが以上の論理の適用である限りで明らかにすることを試みる。

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補論 イーグルトンとジジェク
第一章 「否定的なもの」と「政治的なもの」

スラヴォイ・ジジェク研究—「否定的なもの・否定性」について(目次・論文要旨)

References   [ + ]

1. 私たちはジジェク的な立場から、このようにいう根拠を「有限性」の論点をめぐる形で挙げておいたが、別の視点からの議論として、例えばアガンベンはハイデガーが批判するような西洋の「形而上学」は「無」の思惟としての「否定神学」をほとんど初めから裏面として持つ一種の二重体制としてあり、従ってハイデガー的思惟は「形而上学の克服」であるよりも、むしろその反復ないし継続でしかないところに限界があると論じている(cf. アガンベン[2009])。西洋形而上学がそれを一貫して問えなかったということはないというわけだ。私たちとしてはアガンベンがそれを超えて提起している「否定的なものの声」を聞くことのない人間性の経験、言語の経験というものが未だよく了解出来ないし、またハイデガー的立場を批判的な意味を込めて「ニヒリズム」と名指し、そこからは人間に適した住処という意味での「エートス」が生じえないとして克服するべきものとみなすアガンベンの立場も、やはり一面的であるように思われる。
2. ここから「芸術的なもの」の経験についても何がしかの示唆を得ることが出来るかもしれない。「芸術的なもの」は私たちの予期の領野、私たちの経験を規定している象徴的領野に収まりきらないものとして、カントの崇高のように、その領野を破壊する無化的な衝撃として働くのだが、そうすることにおいて「芸術的なもの」は他のどんな対象よりもありありと浮かび上がるのである。ここにハイデガーの芸術作品の規定、それは「存在の真理」が自らをうち立てる場所なのだとする規定についても、この視座からアプローチすることが出来るかもしれない。
3. この本質は、もちろん、サルトル的な「実存が本質に先立つ」に反するものではない。人間と否定的なものとの関係と私たちが呼んでいるものこそが、人間を肯定的な諸本質から解き放ち、「実存が本質に先立つ」ようなあるものにする。サルトルは『実存主義とは何か』で「実存が本質に先立つ」というテーゼを、神による「創造-設計図」がないから「本質」が不在なのであるとすることで明確に無神論と結びつけるが、私たちの視座からすると人間を「実存が本質に先立つ」ようなあるものとする「否定的なもの」に何か神的と呼ばれるべき次元があるのである。ところでアガンベンによると、リンネがホモ・サピエンスという人間の学名を案出した際に考えていたのは「知」一般ではなく自己認識であり、人間と猿を区別するのは、この自己認識くらいしかないということがリンネの論点であった(アガンベン [2011:Ch7])。ジジェクもまた人間には「肯定的-実体的規定」はなく、人間を人間にするのは自己認識という形式的身振りに過ぎないことを論じている(Žižek [2009a:44])。だが、重要な点は、この自己意識が一切を変えるという点であるように思われる。というのも、サルトルも認めるに違いないことだが、自己意識こそが「否定性」であり、そしてまた「否定性」こそが、もちろん、先にそのヘーゲル批判で見た通りハイデガーはそれを「意識」の「反省構造」には帰着させないが、存在了解の起源であるからである。この辺りの錯綜した関係に人間の本質を求めなければならない。そのことを表現したのが人間の本質としての人間と否定的なものとの原初関係である。
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