第4章 男性性とは何か―ハンス、鼠男、そして強迫神経症(3)

3、「強迫神経症」とは何か―「症例鼠男」を中心に

3-1、初期理論―性的能動性とそれに対する罰

 さて、本稿はここから神経症の病因論に第1章よりも更に踏み込むことになる。フロイトにとって精神神経症の二大類型は転換ヒステリーと強迫神経症であり、それぞれ女性性と男性性に対して強い親和性を持つ。それらは性に関わる外傷経験を通じて性欲動が抑圧され、その欲動のエネルギーが何らかの仕方で症状として回帰してくるところに共通の特徴がある。両者の差異は症状の出現の仕方にあり、転換ヒステリーであれば多くは身体症状が生じ、強迫神経症であれば強迫観念ないし強迫表象として症状は心に回帰してくる。

 また転換ヒステリーの症状は性欲動の表現であることが多く、まさしく「症状は病者の性的活動である」と言いうるのに対して、強迫神経症の症状は、むしろ、それに対する罰や禁止という否定的な内容をより多く持つ。フロイトは強迫神経症を「ヒステリーの方言」[Ⅶ:382=10:180]だと言っていたが、ひょっとすると、これを「強迫神経症はヒステリーのネガである」と言い換えることができるかもしれない。

 まず強迫神経症の一般的特徴を掴むためにフロイトの最初期の「防衛-神経精神症」論[Ⅰ:57-74=1:393-412]における簡単な症例紹介を参照してみよう。

 第一は強迫的な自己呵責の例である。その患者はニュースで偽金作りや殺人の報道があると自分がやったのではないかとの強迫観念にかられ、最後にはやってもいない罪を自白するに至った。第二は尿意への過剰で強迫的な恐怖をかかえ生活に支障を来した例である。第三は強い自己不信の例であり、患者は自分が窓やバルコニーから転落するのではないか、ナイフで我が子を刺し殺すのではないかという強迫観念に襲われた。

 フロイトによれば、これらは(1)それぞれ自慰への自己呵責、(2)とある男性に惹かれて性器興奮を覚えて戸惑ったこと、(3)夫以外の男性に惹かれてしまうという浮気性による自己不信が「抑圧」され、それを代理するより無害な別の表象内容に対して、その最初の出来事への反応が転移された例だと明らかにされた。第一と第二の例については症状が改善されたことをフロイトは明言している。

 さて、これらの三例から明らかなのは、強迫神経症者は自己呵責、自己監視、自己不信といった自己否定的な性向、何か過剰な潔癖性、道徳性、良心を備えていることだろう。そして以上の例では分析の結果それが全て性愛的な次元での能動性に対する否定、罰や恐怖や不信として現れていることが重要である。とりわけて罰の対象となるのは(不作為などの受動的な態度ではなく)能動的な行為であるから、強い道徳性を孕む症状の背景に能動性があるのは当然のことである。

 かくしてフロイトは次の理論的歩みにおいて、強迫神経症の病因を、ヒステリーの受動的な性的外傷経験、すなわち、誘惑の経験と対比しつつ、性的能動性の経験、性的に快を得た経験に見出す。性的な能動性とそれに対する罰が強迫神経症の症状の中核にあるというわけだ(「防衛-神経精神症再論」)。

 第1章でも参照したところだが、この頃にはフロイトの理論構想が全般的に深化しており、幼児期への注目が生じる。それは今参照した「防衛-神経精神症再論」や「ヒステリーの病因論のために」に現れているが、こうした理論的変転の結果、強迫神経症に関して言えば、幼児期の性的能動性とそれに対する罰ないし呵責が素因として認定されることになる。

 この初期の頃のフロイトによる性的病因論の正当化の理論にも触れておこう[Ⅰ:419=3:188][Ⅰ:384=3:199]。なぜ性的なものだけが無意識において病因として働き、別のものに遷移されて症状化されるのか。

 これをフロイトは体験と理解ないし作用の時間的ズレから説明している。まだ幼児の自発的性活動を理論化するに至っていないフロイトにとって、幼児にあって「性的なもの」は外部からの影響によってのみ発生しうる。つまり、何らかの「誘惑」である。それは極端な場合には性的虐待だろうし、それほど極端でなければ性器を触るといった程度のことだろう。まず外からの誘惑、子どもから見れば受動的な経験によって性が呼び覚まされ、その後でのみ能動的な快を求める性的活動も可能になる。

 こうしてここでのフロイトにとって受動的な誘惑に始まるヒステリーが能動的な快経験に依拠する強迫神経症より根源的である。さて、このような体験を通じて性器感覚が呼び覚まされるのだが、その体験の意味は第二次性徴のころまでは適切な仕方で理解され得ないし、可能な性器興奮も十全ではない。

 理解されず作用しないままに体験は記憶の底に沈んでいく。それが思春期になって理解され、また性器感覚も十全なものとなることで、その体験は完全な意味を獲得し、その効力を事後的に発揮するのだが、それは記憶の奥に沈んでしまっており、だからこそ意識とは別のものとして、無意識において働き、ズラされた上で意識化されるのである…。

 実際の理論変遷を考えると、分析で語られる誘惑体験がさほど信じられなくなったことにも促されて、フロイトは幼児の自発的な性活動、幼児性欲の理論を作り出すことになる。よく「誘惑説」から「空想説」への移行などと言われるが、その本質が、幼児の性発達が外発的でしかありえないという考えの放棄、幼児の内発的性発達の承認にあり、それ以上でもそれ以下でもないことを正確に理解しなければならない。

 だから、後の「空想説」といっても外発的な誘惑や虐待が病因的に働く仕方で幼児の性発達を歪める可能性が排除されるわけではない全くないのだが、誘惑や虐待と言うほどのものでないちょっとしたきっかけでもすでにそれ自身で性的である幼児によって性的な誘惑やら虐待やらとして空想的に解釈されるし、ある場合には何もなくてもそうなるのである。

 かつての理論がそう考えたように性的経験は幼児に理解されず作用を持たないどころか、それなりの仕方で理解され、作り出されたりさえするのであり、そして性のみが無意識化されて病因的に働くのは今や、すでに確認したように、最終的にはそれが外傷的次元を含んで抑圧されるからなのだと理解されることになる。

 さて、幼児の性がはらむ外傷的次元がとりわけてÖKのうちにあることを私たちは確認しておいた。成熟期のフロイトにとっては「エディプス・コンプレクスは神経症の中核的コンプレクスである」わけだ。

 そしてまた成熟期の理論は「神経症選択」の問題、なぜある場合はヒステリーになり、ある場合は強迫神経症になるのかという問題への応答として、強迫神経症について性的編成ないし性的体制の「肛門-サディズム期」への「退行」を打ち出す。これは強迫神経症者の症状や人格が持つ典型的な特徴をうまく説明してくれる。

 以下では、3-2で「鼠男」を紹介しつつ、強迫神経症の典型的特徴および強迫神経症とÖKとの関係づけの発端を、3-3では先の「退行」が初めて定式化された「強迫神経症の素因」論文を経由して、成熟期理論の「制止・症状・不安」論文での最終的練り上げを見ていこう。そこでÖKの中心性が確認されることになるだろう。

3-2、「症例鼠男」―父と性愛との間で…

 さて、鼠男は29才の法学博士であり、彼の強迫神経症は、その持続の長さ、その帰結の大きさ、そして主観的な価値付けの重大さにおいてかなり重いと見なしうるものであったが、フロイトによる1年あまりの治療の結果、人格は回復され、行動の様々な妨げ、つまり「制止」はほぼ取り除かれた。

 鼠男は健康になり、懸案だった婦人とも結婚したのだが、最終ページの末尾の注でフロイトが告げているように、第一次大戦によりその命を落とすこととなった。鼠男はその健康な期間を5年ほどしか生きることができなかったのである。

 この症例の展開は範型的なのでゆっくり紹介したい。それにあたりまずハンス症例との性質の差異に留意するべきだろう。外形的な差異から言えば、ハンスが父親による日常的な会話を通じた間接的分析だったのに対して、こちらは週4日から5日、一回1時間ほどで行われるフロイトによる正式な臨床である。

 他方で本質的な差異は幼児の分析と成人の分析という違いからもたらされる。ハンスの場合、その抑圧されたものの中心、エディプス・コンプレクスは、まずは歪曲された形であれ、比較的容易に表出されたし、解釈の助けもあってハンスの意識によってしっかりと引き受けられた。この容易さは抑圧がまだ始まったばかりで意識と無意識との分化が不完全であることによっている。

 成人では、この分化がはっきりしており、表面にある合理的な意識と、幼児期の原抑圧の介入により「受動的に後ろに留まった」無意識とは鋭く分化され、その間には意識の強力な「抵抗」が差し挟まれている。確かに無意識は自らを表現しようとし、だからこそ症状があるのだが、それは常に意識の抵抗によって歪曲されており、容易には自らを直接表出出来ないのである。だが、治療の可能性自体はこの意識化にかかっている。

 では、どうするのか。より年長の場合には幼児と違って無意識は意識と鋭く分化されていてアクセスが難しいが、他方で、第1章で述べた通り、「原抑圧されたもの」は自らの周りにヒコバエを組織化し、複雑なコンプレクスを形成しており、中核から遠いヒコバエは表面に出てくることができる。それが私たちの思考や行動を多面的に規定しているのであって、症状はその種のヒコバエのもっとも目立つ一例である。

 分析は自由連想や夢の分析を通じて、この種の素材をまずは大量にかき集める。そしてフロイトの言葉を用いれば、それに対して「平等な注意」[Ⅴ:259=10:23]を向け、そのなかからある種のパターンが浮かび上がること、それが何か共通の点を指し示すようになることを待ち、それを読み取るのである。

 その過程を通じて病の発生をめぐる仮説、例えば抑圧の中核にある出来事についての仮説が「構築(Konstruktion)」される。「構築」はもろもろの要素から作り出される仮説であり、個々の要素の意味を明らかにする試みである「解釈(Deutung)」とは区別される[ⅩⅥ:47=21:346]。

 しかるに、この「構築」についてフロイトは大きく二つの注意を与えている。第一は「構築」は思いついたらすぐ表明すればいいというわけではないことである。患者もそれにもう一歩で到達しつつあるというタイミングを見計らう必要があるのであって、性急な構築の提示は―それが抑圧の中心点に関わっていることを想起しよう―患者の強い抵抗を生み出し、治療の存続を危うくする。

 第二は患者が「構築」をその正当化論拠を合理的に検討することで、それを意識において納得すればすべてが解決されるというわけではないことである。それはフロイトによる分析過程の典型的区分によれば、二段階のうちの第一段階の終わりに過ぎない[以下本項につきⅩⅡ:277-278=17:244を参照のこと]。

 フロイトの譬えを借りるなら、それは旅行の準備を済ませて切符を買うまでの過程に該当する。切符を買ったからといってまだ目的地についたわけではない。それには一駅一駅を順々に通過していかなければならない。これが分析の第二段階であり、そこで患者は構築に基づいて自ら働き、そのうちで想起しうることは想起し、ときには構築を訂正し、また想起し得ないものは夢や転移を通じて表出しなければならない。

 この「転移」とは、分析家との関係の上で、患者の無意識のコンプレクスに存する関係性、基本的にはエディプス的な関係性だが、それが反復されることであり、患者はそれを単に上演するのではなく、それがまさしく反復であり、過去の出来事の想起であることを確信しなければならない。

 このようにして少しずつ無意識が表出され意識化されていくことで初めて患者に重大な内的変化がもたらされ、症状は解消し、構築に対する最終的確信がもたらされるというわけである。

 とすると、私たちは症例の紹介を今の経過に沿う形で遂行するのがよいだろう。すなわち、「いくつかの強迫症状」「その他の素材と構築」「転移と症状の解明」であり、その後にその他の症例にも依拠しつつ遂行されたフロイトの理論化の試みをまとめよう。

3-2-1、いくつかの強迫症状

 さて、鼠男の強迫症状はいくつかの類型に分かれるのだが、一番始めに生じ、すでに後の症状の核を含む強迫観念から紹介していこう。それは幼児性欲の時代と直接に繋がっている。

 鼠男はある程度フロイトの教説を知っていたので一回目から性生活をテーマに据えている。彼の初めての性的記憶は4才から5才のころで、6才以降の記憶はほぼ完璧である。さて、初めての記憶はそのころ家にいた女家庭教師ペーターに関するもので、鼠男はソファに寝ている彼女の許可をもらってスカートの下に潜り込み性器を触ったのである。

 彼は女性の身体を「見たい」という強い願望を持ち、共同風呂などがとても楽しみだった。6才以降にはペーターは別の女性に交代したのだが、その彼女はお尻に膿瘍を持ち、それを毎晩つぶしていた。鼠男はその瞬間を待ち構えていたという。

 この6才頃から家にいた女性と鼠男はしばしば一緒に寝ており、鼠男は布団の中で彼女の服をめくって身体を触ったとのことである。こうして鼠男は強い性的好奇心を持っていたが、6才頃からすでに勃起に悩んでおり、これを母に相談した。その際鼠男は自分が話す前から両親が自分の考えを知っているのではないかという奇妙な思考に捕われたという。

 ここに鼠男は自らの「病の始まり」を見て、さらに以下のように言い添える。私には気に入った女の子たちがいて、その裸を見たいという願望があったのだが、「そう考えると何かが生じるに違いないといった不気味な感情」が生じて、「それを妨げるために何でもしなければならない」と思った。それは例えば何かと問われると、鼠男は「父が死ぬ」と答えるのだった[Ⅶ:387=10:186]。

 フロイトに言わせると強迫神経症者は何でも一般的に曖昧に「何か悪いこと」などと表現することを好むのだが、たいていの場合、その例として与えられるものが根源であり、一般化はそれを隠す意識の抵抗なのである[Ⅶ:388-389=10:187]。

 この種の抵抗に惑わされないためには、強迫表象がいつの時点で生じ、またどのような状況で再生されるかを見極め、そのもともとの内容が具体的に何であったのかに迫らなければならない。鼠男では強迫の最初の時点はこのように早い時期であり、その内容は「父が死ぬ」ことだった。

 かくしてこれは「病の始まり」どころか「病そのもの」であり、「すべての本質的要素」を備えた、「後の苦しみの核と原像」である[Ⅶ:388=10:186-187]。ここで鼠男は女性の裸を見たいという性的な「好奇心(Schaulust)」、見たいという欲動に支配されており、その願望自体は強迫的ではないが、すでにそれに「父の死」のような何か悪いことが生じるという強迫表象が結びついていて、それを「妨げなければならない」という強迫表象に対し防衛を行う強迫行為への動因が存在している。

 さて、子どもの性的欲望で父が死ぬという連関は一見馬鹿げているが、フロイト的な問いはこうである。「これは全くの無意味なのか、それとも、この命題を理解し、それをより早期の諸過程と諸前提の必然的な結果として把握する道があるのだろうか」[Ⅶ:389=10:188]。精神分析がどちらの選択肢に賭けるのかについてはもう述べる必要はないだろう。

 鼠男の場合、6才には幼児期健忘が終わっていることもあり、他の事例の経験からして、6才ごろまでに強迫的な恐れを生み出す「外傷的な経験、葛藤、抑圧」があったと推測される。その「構築」がさしあたりの目標となる。フロイト曰く、強迫神経症の始まりとして、このような官能的願望とそれに結びつく不気味な予期と防衛行為への傾向という組み合わせは、すべてではないにせよ「絶対的に典型的」である[Ⅶ:390=10:189]。

 さて、最近の強迫症状に触れていくと、まず父や恋人である婦人に何か悪いことが起こるのではないかというものがある[Ⅶ:390-398=10:190-198]。父は9年前に死んでいるのだが。

 最大の強迫は、症例の名の由来ともなっている「鼠刑」をめぐるものであり、父や婦人が縛られて、そのお尻に鼠入りの鍋を押し付けられて、鼠が肛門の中に押し入っていくというものである。彼はこの種の強迫観念に捕われると打ち消すような手振りとともに、「しかし」、「お前は何を考えているんだ」などといって、それを追い出そうと試みることを常としていた。

 さて、この刑は兵器訓練中に、ある粗野で暴力好みの大尉を通じて鼠男に知られることになった。その話を聞いた後で鼠男はこの大尉に、ある中尉が鼠男の眼鏡の代金を立て替えたので返すようにと伝えられる機会があった。

 鼠男はこの情報は間違いで立て替えてくれたのは郵便局の女性職員だと知っていたのだが、大尉の言ったとおりの命令に従わなければ鼠刑が執行されるという強迫観念に捕われてしまう。彼はこの命令を文字通りに実行するため、中尉に頼んで郵便局に付き添ってもらい、中尉経由で立て替えてくれた局員に代金を支払うなどという奇妙な計画を立て、訓練の最終日にはこれを実行に移すべきか否かの思案で恐慌状態に陥りさえした。

 訓練が終わりウィーンに帰る日になってもウィーンに向かうか、中尉に頼んでともに郵便局に向かうかを全く決めることが出来なかったが、このような優柔不断に陥った際にいつもとる方法、偶然の成り行きを神の裁きのごとく見なすという方法をとった。すなわち、駅の荷物係がたまたま10時の電車かと尋ねてきたので、そうだといってウィーンに向かうことにしたのである。

 しかるに、中途でも鼠男はまだ引き返せば間に合うと考えながら一駅一駅をやり過ごし、給仕との約束だけが彼を引き返すことから引き止めたのだった。代金については、後に正しく郵便局に郵送した。しかし、中尉に返さないと鼠刑が父や婦人に執行されるとの強迫観念はなくなっておらず、医者に来ることの理由付けも、はじめは中尉に金を返すことが治癒の条件だと医者に保証してもらうためだった。

 もう一つの大きな強迫症状はカミソリで首を切るという強迫的衝動である[Ⅶ:409-410 =10:212]。これは法学博士号の取得に向けた勉強中に発生した。あるとき、慕っていた婦人が彼女の祖母の看護のために不在になったので数週間勉強が手につかなかったのだが、そんななかで熱心な勉強しようと試みていると、一番早い試験の日程は許容できるが、カミソリで首を切れという命令は承服できないという考えが浮かぶ。すると、この命令はすでに出されているように思われ、カミソリをとりにいくが、そこで思い直して婦人の祖母を殺してやろうと考えるのである。ここで鼠男は恐ろしくなって倒れてしまう。

 また別の強迫は婦人自身に関わる[Ⅶ:412=10:214-215]。ある避暑地に婦人とともに滞在していた際、船の上で風が強かったという理由で彼女に何も起こらないようにと自分の帽子をかぶせたり、また婦人が帰る日には道に石を見つけ、これで婦人の馬車が転ぶといけないと思って石を取り除いたりした。これは保護強迫と言えるが、後者に関しては自分の考えは馬鹿げていると思い直してわざわざ石をもとの場所に置き直した。

 また婦人がそうして去った後には理解強迫が生じ、人のどんな言葉も正しく聞かなければならないと思って聞き返すことを常とした。しかるに人がどう答えても鼠男には最初は別様に聞こえたと思えてしまい不服だった。

3-2-2、その他の素材と構築

 さて、先に、強迫についてはじめに表明される曖昧で一般的な表現に留まるのではなく、その具体例に着目しつつ、また強迫がいかなるきっかけで反復するかをみることで、その発端となる出来事に至るべきだというフロイトの指針を述べた。するといまや「父の死」という原初的な強迫観念について追求するべきだろう。そのような素材から「構築」が可能になるはずだ。

 鼠男は自分を大変苦しめてきた現実の父の死を語る[Ⅶ:398-409=10:198-211]。父はそんなに急には死なないだろうと鼠男が安心して寝ているうちに死んでしまったのである。その死に目に立ち会えなかったことが、父が死の直前に自分へ呼びかけたという話とあいまって、鼠男の自己非難を呼び覚ました。とはいえ、はじめ鼠男は父の死をあまり自覚しておらず、気の利いた冗談を聞けば父に教えようなどと言い、また父の幽霊が訪問してくるのを楽しみに期待してさえいた。

 自己非難が激しいものとなるのは父の死の1年半後の叔母の死以後であり、正確には、そこで叔父が「他の男はすべてを楽しんでいるのに、自分は叔母のためだけに生きてきた」などと述べたことが父の不倫への当てこすりであるかのように聞こえて以後だった。自己非難は昂進し鼠男は自分を犯罪者として扱うまでになった。このとき以後、父に何か悪いことがおこるという類いの強迫は死後の世界にいる父にも拡大され、鼠男は終わらない喪に服することとなる。

 さて、フロイトは語る―このあたりはフロイトの分析中の語りがそのまま再現されている珍しい箇所であり興味深い。表象内容と情動に隔たりがあるとき、精神分析はそれを馬鹿げた誇張とは考えない。情動を正当なものとする真の表象内容があったのだが、それが抑圧されたために、代わりの表象が情動に対応するものとして選ばれているのである。

 だから、「その意識的表象から合理的に考えれば、それに付着している情動は馬鹿げた誇張である:などといっても何も解決しないのだ。逆に無意識の表象を想起出来れば、情動をも解消出来るのである。ポンペイと同様、無意識に埋められているからこそ、情動はいつまでも消えないのである。さて、鼠男の自己非難の要因となる意識的表象は父の死に目に会えなかったことだが、なぜそれが犯罪者という過大な自己非難を可能にするのか、抑圧された真に非難されるべき事柄は何か。

 ある意味で答えはもう出ている。始めの日にすでに気に入った子の裸を見たいと思うと「父の死」が生じる気がするという早期の強迫観念が報告されていた。今やこの「父の死」の観念の反復のきっかけが問題になる。

 12才のとき友人の妹を好きになった―とはいえ彼女は幼すぎたので官能的な気持ちはない―が彼女はつれなかった。鼠男は自分に不幸が起きれば優しくしてもらえると思い、例えば「父の死」を考えたが、それはすぐに退けた。フロイトはそれを「願望」ではないかと述べたが、鼠男によれば単に「思考の結びつき(Denkverbindung)」なのである。

 次は父の死の半年前、鼠男は婦人と結婚したかったがお金がなかった。ここで父が死ねばお金が手に入ると思ったが、これもすぐに打ち消し防衛のために父に何も起きないように願った。更に父の死の直前、鼠男は最愛の人たる父の死を恐れたが、するともっと失いたくない人がいると婦人が思い浮かんだのである。これには自分でも驚いたが、何にせよ、鼠男によれば自分は父を愛しているのであって、父の死は願望ではありえず、恐れの対象なのである。

 だが、フロイトに言わせれば、他方で強い愛があるからこそ憎しみは抑圧されてしまうのだし、また私たちはここに愛は憎しみを抑え込むために反動形成として強化されたのかもしれないと付け加えることも出来るだろう。鼠男はこの議論にはある程度もっともらしさを感じるが父への憎しみを確信しはしない。

 ここで鼠男は別の疑問を提起する。まさしく反復のきっかけに関わる問いであり、なぜ、12才、20才、22才以後ずっとといった仕方で、強いとされる「父の死」の観念が断続的であり得るのかという問いである。フロイトは問いうるときは答えうるとして話を続けさせる。

 鼠男は語る。そもそも自分と父はお互い最良の友人である。婦人のことは確かに好きだが、そこに官能的な気持ちはない。そもそも私の官能は思春期よりも子ども時代の方が強かったのであり…。さて、フロイトはここで鼠男が自分で答えに辿り着いたと見なす。つまり、幼児期と官能というテーマであり、まさしく官能的な欲望の上昇が「父の死」の観念を呼び覚ますのであって、鼠男はそこで父を妨害者と感じているのである。

 12才、潜伏期が終わり官能の爆発が起こる時期であり、鼠男はそこで友人の妹を好きになった。20才、婦人と結婚したいと思うほど婦人への愛が高まっていた。ご丁寧なことに鼠男はどちらも官能的ではないとわざわざ断っていた―「判断において何かを否定することは、根底においては、それは私がもっとも抑圧したいものであるということを意味する」[ⅩⅣ:12=19:4]ということの最良の一例である。

 さらに鼠男は反問する。でも、どうして婦人を好きになったとき、父の妨害による父への憎しみは父への愛に比べれば問題とするに足りないと判断出来なかったのか。フロイトは答える。それは憎しみが先立って抑圧されていたからであり、居ないものは裁けないのである。これは始めの抑圧が、父への愛より官能が強かった時期か、そもそも明確な判断など出来なかった時期であることを示している。つまり、6才より前の時点である。

 次の回の分析。相変わらず鼠男は父の死の願望性格を認めないが、その舌の根も乾かないうちにある小説に感銘したことを表明する。そこではある姉妹がいて、一方が他方の死の床に際して、その夫と結婚できると期待して他方の死への願望を感じてしまうのだが、その考えを恥じて自殺するのである。鼠男もこう思うようでは生きるに値しないと自殺への共感を表明する。これは性愛のために邪魔者の死を願望していることの間接的承認でなくてなんだろうか…。

 その後で鼠男は父にではなく弟や婦人に向かう憎しみから発した悪しき行為や空想について語る。フロイトは、それらは幼児期に抑圧された憎しみに端を発するものである限りで、鼠男の現在には責任がないのであって、そのことを証明すると請け負うことで鼠男の抵抗を減らそうと試みる。

 こうして「父の死」は「父」と「性愛」との対立関係、父がそれを邪魔するということに規定されていることがますます確かに予感されてくる。これとの関係で重要なのは最近の病のきっかけとなる出来事である[Ⅶ:417-421=10:221-226]。

 6年ほど前、母が親戚の裕福な娘との縁談を持ちかけてきた。実は父も資産家の家に属する母と結婚して豊かになる前には貧しい娘に言い寄っていた。ここで鼠男はかねてから好意を寄せていた婦人を選ぶのか、それとも父と同じように、父の意志に従う形で裕福な娘を選ぶのかという、「性愛」と「父」との葛藤の激化に直面する。この葛藤と、その決断を学業の遅れによって先延ばしできるという疾病利得が近年の強迫神経症の悪化を引き起こしていた。

 議論はさらに「性」と「父」との対立に肉薄していく[Ⅶ:421-428=10:226-233]。鼠男には初めての性交の経験で「これはすばらしいじゃないか。このためなら人は父親だって殺せる!」などという観念が浮かんだ。

 また鼠男は自慰に特殊な関係を持つ。彼は思春期には自慰しなかったが、21才、父の死の直後に自慰への衝迫を経験する。これは父が自慰を禁止する存在であったことを示唆する。彼はここでした自慰の満足をひどく恥じ、すぐにそれを止め、その後には自慰は特異なきっかけにおいてのみ生じた。

 それは禁止されているラッパの音が鳴り響いた時だとか、ゲーテの本のなかで、ゲーテが嫉妬深い女の呪いから解き放たれて愛する人に思い切りキスをする時だとか、要するに「禁止」の「乗り越え」が成就した時なのである。

 また自慰的な行為としては、彼が試験に向けて勉強に集中していたときの強迫行為も挙げられる。父は生前鼠男の怠惰に心を痛めていたが、いまや鼠男は熱心に勉強し、それで父が喜ぶだろうと思って、あたかも父がそこに立っているかのように勉強を終えると部屋のドアを開けるのである。だが、その後には鏡の前で裸になって自分のペニスを眺めるのだった。

 このような連続は反対物であるがゆえに生じるのであり、まず父への愛の行為があるわけだから、後者はそれへの反抗の表現なのである。

 だが、「原覚書」を見ると、この場面のことだと思われるが、鼠男はいつも自分のペニスが小さすぎると「気遣い(Sorge)」―思わず原語を併記し、さらに思わせぶりな訳語をつけてしまったが、さすがにここでハイデガーと接続するつもりはない(笑)―し、少し勃起があって安心するということを経験していたようなので[NT(Nachtragsband):558=10:353]、ここにはより複雑な意味があると見ても良いだろう。つまり、父に対する敵意とともに父に対する劣位の感覚があるわけだ。

 さて、このような素材、そしてまた多くの似たような素材に基づき、フロイトは6才のころに自慰をして父親に折檻されたという構築を行った。これは自慰を終わらせたが、性を邪魔する存在としての父の役割と、父への恨みを固定した。

 「原覚書」では「去勢」も言及されているが、おそらく素材が足りないと見たのだろう、論文では言及されていない。「原覚書」に確認出来る素材も、自慰の時期に鼠男が去勢のイメージに苦しんだという報告[NT:530=10:311]や、抜けた歯の大きさに驚いた抜歯の夢が父への報復的な去勢の夢と解釈出来るといったものがあるばかりである[NT:569=10:369-370]。

 この構築に応答する形で鼠男からある報告がなされる。しばしば精神分析について、その解釈は常に正しいことになる、患者が「はい」といえば正しいし、「いいえ」といえば先に見た「否定 = 抑圧」の論理で正しい、これは問題的だという批判がなされる。

 だが、フロイト自身がこの種の批判に反論している[ⅩⅥ:43-56=21:341-357]。精神分析のこの点についての基本原則は、その「意識」への懐疑からして当然なのだが、患者の「はい」も「いいえ」も額面通りに受け取らないというだけのことである。患者は「はい、はい」などと物わかりのいい態度を示すことで抑圧された部分に触れられるのを避けようとしているのかもしれない。

 患者の即座で過剰な「いいえ」は何かが隠されていることを予感させる。本当に的外れな解釈には何の反応もないのである。そして解釈や構築の正しさが確かめられる審級があるとすれば、それは患者の意識の反応ではなく、それが今まで意識に現れていなかった新しい無意識的な素材の想起を生み出すか、そして最終的には症状が解消するかどうかなのである。さて、この意味で想起を呼び起こした今回の構築は何がしかに的中したのである。

 さて、この報告とは父親の折檻についての報告であり、鼠男自身は覚えていないが母が語ってくれたことを覚えている。何か悪いことをして父に殴られたが、鼠男は怒り狂い殴られても罵倒し続けた。そのための言葉を知らなかったので知っている物の名前を叫び続けたのである。父は驚いて殴るのを止め、こいつは大物になるか犯罪者になるかだと述べた―鼠男は父の死に関して自分は犯罪者ではないかと不安がっていた。この後、父は二度と鼠男を殴らなかった。

 母に確認したところ、それは3~4才ごろに子守り娘を噛んだ件に由来していることが分かった。ここでフロイトは極めて重要な注を付しており触れないわけにはいかない。精神分析はしばしば、その内で幼児の性発達が頂点に達しつつ、何らかの事故や罰でそれにカタストロフ的な終焉が訪れる出来事を扱う。この種の出来事は夢で予感されるが、完全な明確化からは自らを「退去(sich entziehen)」させる。

 その出来事の現実性についての判断は極めて慎重になされるべきである。幼児期の記憶なるものが確定されるのは思春期頃であり、その関心からする記憶の空想的書き換え、例えば、自体愛を対象愛化したり、とりわけて性的でないことを性的にしたりといったことも頻繁なのである。

 「症例狼男」でフロイトが更に明確に述べることだが、この空想的書き換えにはÖK他の「中核的コンプレクス」が作用し、その典型的図式に従って現実が書き換えられることもしばしばである。ÖKその他の中核的コンプレクスは個々の子どもの現実的体験に還元されず、むしろ、個別の幼児の現実的経験を空想的に補足し修正する力を持つ。それは哲学でいう「カテゴリー」のようなアプリオリな経験の図式という側面を持つのである[ⅩⅡ:155=14:126-127]。そう想定せざるを得ない。

 これはフロイトに「遺伝」を語らせることになるもなるが、私たちとしては、それらは文化や言語そのものに―どういうわけか―埋め込まれた普遍的図式なのだと解しておこう。もちろん、この「遺伝」「カテゴリー」「図式」などという言い方はユング的な「元型」を思い出させるが、フロイトのユングに対する差異化は、フロイトが「遺伝」のごとき「系統発生」に手を伸ばす前に、まずは「個体発生」の可能性を汲み尽くさなければならないとしていることによる。

 さて、今回の母の話では出来事の性的な性質にはついては語られなかった。それは母の中で検閲されたのかもしれないし、そもそも性的ではなかったのかもしれない。何はともあれ、夢の解釈が明らかにしたところでは、その出来事は母や姉妹への性的欲情や姉の死、そして父の罰と結合されていた。つまり、ÖKの典型的な図式に近づける書き換えが起きていたのである。

 さて、この出来事が語られたことは「父への憎しみ」を否定する鼠男の態度を揺るがせた。そもそもこの出来事は父からも語られていたのだが、鼠男はこれまでそれを見て見ぬ振りしていたのである。

3-2-3、転移と症状の解明

 だが、鼠男がこの点を確信するには「転移」の道を通る必要があった[Ⅶ:429-438=10:232-245]。つまり、父との関係がフロイトとの関係に重ねられ、夢や日中空想、思いつきで鼠男は徹底的にフロイトとその家族を罵倒した。意識では申し訳なく思っていたが、それは止まらなかった。このようなことを語るときには立ち上がったが、それは罰を恐れてのことだった。

 鼠男は、度を超えた体罰に対する絶望的な不安に怯える人のように、頭を手で守り顔を腕で覆い、突然苦痛に歪んだ顔で走り去り…などといったこと、まさしく父との原初的場面の反復を経験し、苦しみつつ確信を得ていった。鼠男は父がしばしば度を超えていたことを想起したのである。「転移」の反復的上演が部分的にではあれ想起に転化されたわけだ。

 この「転移」といったことの必要性に関しては、「症例狼男」でフロイトが強迫神経症の幼児期の決定的な場面は決してそのものとしては想起されず、分析によって「構築」されなければならないとしていることが重要である[ⅩⅡ:79-80=14:52-53]。

 それは実際の出来事の思い出として想起されるような存在は持っておらず、夢で予感され、転移で再体験されるしかない。『夢解釈』での有名な言葉でいえば「子ども時代はもうない」のであり、しかるに、例えば今回のように多くの素材がその一点を指し示し、その一点が多くの素材の理解可能性を支える限りで、それが想起されるような存在を持たないとしても「だからといって必然性がより小さいわけではない」[ⅩⅡ:204=16:129]。とはいえ、想起されない以上はその現実性の判断には慎重であってありすぎるということはなく、フロイトは狼男の原光景にしても最後まで現実だとは断言しなかった。

 さて、ともあれ鼠男にあってはこの転移の通過によって抵抗が克服され、これまで現れなかった事実的伝達の洪水が生じ、分析はクライマックスを迎えて症状の背後にある連関の回復と症状の解消が可能になったのである。

 先に叙述した症状の意味の解決を見ていこう。とはいえ、中核的な鼠コンプレクスについてのフロイトの記述はあまりに急ぎ足で再構成が困難なのでかいつまんで見ていくことにする。兵器訓練で鼠刑と大尉の返金命令がなぜあれほど鼠男を捉えたのか。それは鼠男の無意識のコンプレクスゆえに感じやすいところ、その「コンプレクス過敏性」にそれらが触れたからである。

 私たちなりに整理してみよう。まず鼠男の中心的葛藤を思い出そう。それは性愛と父の葛藤であって、官能的欲望と邪魔者としての父が無意識で対立関係にあり、前者の上昇はそれを邪魔する父への憎しみを喚起して「父の死」を浮上させるが、意識には父への愛があるわけで、この強迫観念を打ち消す防衛闘争、禁欲、自己非難が始まる。

 この禁欲を通じて自慰に見られる通り鼠男の官能的欲望はかなりの「制止」を受けていた。さて、この葛藤が激化する条件はなんだろうか。第一は「父の死」の観念を浮上させる官能的欲望の上昇である。続いて第二は性愛と父との選択を直接迫られる場面であり、近年の病の悪化のきっかけとなった母による縁談話がこれにあたる。そして第三は父への不信の上昇が生み出す父への「憎しみ」の激化であり、これは叔母が死んだ際の叔父の言葉が該当する。そこに鼠男は父の不倫を感じとる。お前は私の官能を禁じたのに、自分は官能を楽しんでいるのか!というわけである。

 さて、この諸条件に従ってフロイトの鼠コンプレクスについての叙述を見ていこう。第一の官能の上昇については、まず一般的な状況として兵器訓練は鼠男を婦人から引き離し、また兵士は女性に人気があるためにリビードの高まりが生じていた。そこに来て鼠刑はもともと肛門領域が性感帯として強く形成され、回虫の影響で(?)維持されてもいた鼠男のサディズム的で性的な欲動を刺激した。

 その刑を物語る際に彼は「自分自身も知らない自分の中の快への戦慄」[Ⅶ:392=10:191]としてしか解釈できない奇妙な表情をしていたのである。また郵便局のある町には良くしてくれた可愛い宿屋の娘と代金立替で好意を示してくれた郵便局員の女性が居た―会ったこともない女性の代金立替程度のことを好意とみなす鼠男のチョロさは何がしか共感を誘う。

 続いて第三の父への不信の契機を見ていこう。まず父は賭け事好きであり、昔伍長として使うべき金を賭けで失ってしまい、埋め合わせのための金を同僚に借りたが返さずじまいだった。まず「鼠(Ratten)」が父の「賭け事好き(Spielratte)」を思い出させたのであり、大尉の返金命令は父の借金への当てこすりに聞こえた。こうして父への不信が高まったが、直ちに防衛が発動し、なんとしても父の負債を返さなければならないという命令が生じた。また鼠男の中で、鼠は病を媒介するものとして、父の軍隊時代の性的不品行、その梅毒疑惑と連関していた。

 最後に第二の性愛と父の選択を迫られるという条件に関して言えば、郵便局に行くかウィーンに帰るかというのは、父の負債を返すのか、それとも婦人のもとに帰るのかという選択だった。実際、郵便局へ立ち寄ることは先に見た気になる女性たちのところへ行くこととして婦人への裏切りを意味した。

 そして最後に重要なのは鼠男が鼠を自分自身に見立てていたことである。鼠が父の墓の周りを駆けるのを見て、鼠男は鼠が父の死体を齧ったのだと思った。つまり、自分が「噛んだ」原初的場面との重ね合わせが生じたのである。そう考えてみてみると、鼠は不潔で人に容赦なく叩き潰されるが、それは幼少期に風呂を好まず不潔であり、先の原初的場面で父に殴られもした自分と重なり合う。鼠男は鼠に同情していたのであり、その同情は先の葛藤が初めて固定された幼少期の外傷的出来事へと通じていたのである。

 こうして鼠コンプレクスは鼠男の全葛藤と密接に絡み合うことで重大な症状をなし、また以上の解明を通じて消滅したのである。

 他の強迫観念も見ていこう。カミソリでの自殺をめぐる強迫観念は、性愛を邪魔するものへの殺意とそれへの罰としての自己非難という父をめぐる葛藤の再現であり、自分と婦人を引き離した祖母への殺意が自殺衝動という反応を引き起こしたのだが、その時間的順序が反転されて表出されている[Ⅶ:410=10:212-213]。

 続いて婦人をめぐる三つの強迫症状に関してフロイトは以下のように解明している[Ⅶ:412-414=10:215-218]。何でも聞き違えたのではないかと聞き返す理解強迫は、以前婦人が自分との関係を公にしたくないかのように聞こえる発言をしたのだが、話し合いの結果、その誤解が解けたということに淵源していた。

 もう二度と婦人の真意を誤解することがあってはならないという強迫思考が別の人にも一般化されたのである。だが、聞き直しても最初には別様に聞こえたと不満だったことは更なる方向を指し示す。つまり、婦人に対して残っている不信であり、憎しみである。

 そもそも鼠男は自らの結婚の申し出を幾度か拒否している婦人に対して復讐空想をするなどで憎しみを示していたのだが、この憎しみの契機は先に見た保護強迫で明確である。婦人を過剰に保護するのは自分が婦人に害意を持っているからであって、船の上での帽子の一件はそうだし、石をめぐる強迫行為では保護と憎しみが二つの行為に分割されている。

 つまり、保護強迫から石を取り除いた後、憎しみのためにわざわざ石を戻すのである。ヒステリーが対立する流れを一つの症状行為に統一するのに対して、強迫神経症はそれを二つの行為で表出し、一方が他方を取り消す結果となる場合が多い。これをフロイトは後に「起こらなかったことにすること」[ⅩⅣ:149=19:47]と呼んでいる。

3-2-4、理論化の試み

 さて、フロイトの理論化の試みを見よう[Ⅶ:439-463=10:246-274]。フロイトは強迫表象に関するかつての「抑圧から回帰してきた変形された非難であり、性的な快を伴い遂行された行動に関わるもの」という定義に関しては、強迫表象の内容が「非難」のみならず、「願望、誘惑、衝動、反省、疑い、命令、禁止」など多様であることに注意を促している。

 すべてを「強迫表象」などと一般化してしまうことは強迫神経症者自身の誤りを反復することになる。むしろ、強迫思考の「現象学(?)」を遂行し、それをよく見て、その具体的源泉に立ち返ることが重要なのである。

 私たちは関心を強迫神経症の背景にある力、欲動に限ることとしよう。フロイトがまず指摘するのが強迫神経症者に共通の性格、その意味で病に属すると見るべき性格である。それは疑いの優位であって、精神疾患一般は現実からの孤立を特徴とするが、強迫神経症にあっては疑いがそのために用いられる。

 彼らは確実性を嫌い、不確実性を求める。時計など確実なものは嫌いであり、決断をもたらすような情報を極力避ける。一言でいえば強度の優柔不断である。その不確実性への志向は、思考をある種のテーマ、そこでは不確実性が確実であるような、父との関係、人生の長さ、死後の生、記憶といったモチーフに集中させる。

 さて、ではこの源泉にあるのは何か。鼠男の病を振り返るなら、その発症は婦人ではなく父が選んだ母と同じように裕福な別の女と結婚する誘惑によるものであり、その決断を回避するのに病が役立ったことが注目される。ここで回避されている決断は、婦人と父の選択との対立、性対象と父との対立であり、記憶や思いつきから明らかになったように、これは幼児期から生じていた対立である。

 さらに父にも愛の対象にも愛と憎しみの二重の関係が存立している。これは婦人をめぐる復讐空想や理解強迫から明らかだろう。ここに決断を不可能にする葛藤対立が存立している。婦人への関係の二重性は、憎しみの強さは見誤られていたとはいえ意識可能だったのに対し、父への憎しみは抵抗なしには決して意識化されなかった。

 だから、この父への憎しみの「抑圧」が中核となり、他の諸要素すべてを神経症に押し込んだと見なしてよいだろう。先に見た性格が病に属する以上、それは病の基底的構造である以上の事情から導出されるはずである。この事情の分析を続けよう。

 ここで確かに婦人への憎しみと父への愛、父への憎しみと婦人への愛は相互依存関係にあるわけだが、そういって単純化してみても、婦人と父の対立、それぞれへの関係の内で拮抗する愛と憎しみの対立が還元不可能なものとして残る。

 ここでフロイトは前者の対立を「パパとママどっちが好き」から始まって男性と女性の間の対象選択は誰にでも一生ついて回るものだという平板な記述で処理し、後者の対立を強迫神経症に特異なものと見なす。普通ならば憎しみに対して愛を優越させることが出来るはずなのだ。この前者の対立の平板な処理に後の観点からすると問題があるが、それは次節に回そう。

 さて、ここでのフロイトにとっては婦人にも父にもそれぞれ生じている愛と憎しみの葛藤が強迫神経症の根本特徴だった。こんなことが可能なのは、私たちの持っている性理論の道具立てからいえば、そもそも憎しみを生み出すサディズムが強く形成されていたのであり、それがその強さのために早期にかつ強力に抑圧され、その反動形成として強化された意識的な愛と無意識の憎しみが対立していると考えざるを得ない。これが神経症を生み出す葛藤である。

 そしてここに疑いと不確実性、その優柔不断性の起源もある。主観的に確かなはずの愛がどれも無意識の憎しみにより押し止められて不確実なものとなる。さて、愛するものの行動はすべて愛に関係するという意味で愛は人間の行動を支配しているし、フロイトの立場からすれば性愛の領域が幼児期に基底的な場所であるために他の領域での行動の範型となる。そして「抑圧」により生じる遷移のメカニズムはこの葛藤対立を他の諸領域へも拡大し、これらのメカニズムによってすべての行動が麻痺するのである。疑いはこの不確実性の意識による知覚である。

 こうして「疑い」や「制止」により「行動」は不可能になり、すべてが「思考」へと退行していく。これは強迫神経症に特徴的な知性の高さ、あるいは過剰を生み出す。そして、ここまでくると「強迫」の本質も明らかになってくる。それはそもそも行動に向かうはずだったが「制止」によって放散を妨げられたエネルギーが内面に回帰してくること、あるいはその防衛のために同種のエネルギーが動員されることなのであり、だからそれは他の通常の思考とは異なる「強迫」的性質を持つのである。

3-3、後期理論の展開―「エディプス・コンプレクスが神経症の中核的コンプレクスである」

 さて、私たちは先にフロイトの父と婦人ないし性愛との対立の平板な扱いが問題的だと示唆したが、実際、それを男女の間の普遍的な対象選択の揺れへと還元し、むしろ、父と婦人への関係のそれぞれに内在する愛と憎しみの二重性に強迫神経症の根源を見ることは鼠男の症例に即していない。

 その直前でフロイト自身が確認していたように、鼠男の神経症の根源にあったのは抑圧された「父への憎しみ」であり、鼠男の中で母や姉妹への官能的欲望と結びつけられていた父の罰という原初的な外傷体験だったのだから。

 すると、ここでハンスから取り出されたÖKによる記述が可能であることが分かる。つまり、単純化して言えば、母への官能的欲望があり、それが父への敵対心を生むが、父による罰の不安、その外傷性により母への官能的欲望と父への敵対心が抑圧されるのである。

 症状の観点から言えば、官能の上昇がかく固定された父への敵対心を通じて「父の死」の観念を生み出すが、その父への敵対心が罰への不安によって即座に防衛されるというわけだ。鼠男が決定的な転移の場面でフロイトを罵倒するという仕方で敵意を表明しつつ罰の不安に怯えきっていたことを想起しよう。

 「症例鼠男」段階の理論は、この転移場面に決定的に現れている「罰への不安」の契機を抑圧の動因として考慮することにも失敗しているも確認しておこう。フロイトは転移場面を無視して抑圧を愛と憎しみの対立に還元してしまっていたのである。

 しかし、転移場面に明らかなように、鼠男は父への愛ゆえに父への憎しみを抑圧したのではなく、むしろ、主要には父の罰への不安のためにそうしたのである―この父をめぐる葛藤の二重性、つまり「父への愛と父への憎しみ」の葛藤と「母への愛と父への敵対心と父の罰への不安」の葛藤はハンス症例でも現れていたことを思い出しておこう。

 さて、以上の読み替えは「エディプス・コンプレクスが神経症の中核的コンプレクスである」という立場を意味するが、実際、後期理論の展開の根本は、この出発点から前項「理論化の試み」で述べられた「症例鼠男」時点の理論的立場を読み替えることに存している。

 はじめの一歩は、鼠男症例時点の理論のように一般的な愛と憎しみのアンビヴァレンツ、つまり強いサディズムを体質的に前提せず、鼠男症例に即して正しくエディプスの場面を出発点としたとき、なぜ婦人への関係、つまり、性愛的関係そのものが憎しみによって彩られてしまうのかを問うことから可能になる。

 確かにエディプスの場面ですでに父へは愛と憎しみのアンビヴァレンツが成立しているし、そこで憎しみが抑圧されることで、その抑圧の維持のために愛が反動形成的に強化されることにもなるだろう。だが、それは性愛的関係自身のアンビヴァレント化を説明しない。これを説明するのがリビードの性器的編成の「肛門-サディズム的編成」への退行である。

 フロイトは「強迫神経症の素因」論文でこの過程を導入する[Ⅷ:441-452=13:191-202]。まず「退行」なるものの一般的可能性については、第2章で「多形倒錯的素質」を扱った際、性器中心の興奮の交通回路が存在することからして、この交通回路のどこかで興奮がそれ以上伝達されなくなり、どこかで「通行止め」が生じうること、つまり「固着」と、性器での興奮の放散が何らかの仕方で妨げられる場合には、興奮を集める中心が性器より以前の段階へと立ち戻ることがあり得ること、つまり「退行」とが想定されうることを述べておいたことを想起しよう。

 さて、フロイトが最終的にこのリビード編成の「肛門-サディズム的編成」への退行という着想を固めた事例を「強迫神経症の素因」論文から紹介しておこう。

 ある幸福な婦人が、夫が原因の不妊と、そこから派生した子どもが欲しいが故の誘惑空想をきっかけに不安ヒステリー(恐怖症)を発症したのだが、当の夫が妻の病因に無意識に気がついてショックを受けたらしく、夫婦の性行為がはじめて失敗する。夫はその直後に旅に出るのだが、ここで婦人は夫が永久にインポテンツに陥ったと勘違いしてしまう。

 その直後、不安ヒステリーは強迫神経症に変貌し、この婦人は執拗な洗浄・清潔強迫と他者が自分から被ってしまうかもしれない被害に対する念入りな防御措置という症状を示した。この事例はヒステリーから強迫神経症への変貌を、そのきっかけとともに明確に示す点で「神経症選択」の問題を考える上で重要である。

 この事例をフロイトは夫との性行為における「性器的」満足の断念が、その前段階である「肛門-サディズム的」な段階へのリビードの退行を引き起こし、その両項(「肛門」と「サディズム」)それぞれに対する防衛として不潔恐怖と加害恐怖を中心とした強迫神経症が生じたと解釈するわけである。

 ここに含まれるサディズムの強化のメカニズムが、鼠男の他者への関係が父に対してのみならず一般にアンビヴァレント化していたことを説明する。更に言えば、すでに鼠男症例でフロイトが注目していたことだが、鼠男は「匂いの快(Riechlust)」が強く形成されており、また肛門領域が性感帯として目立っていた。つまり、「肛門的なもの」が優位にあるわけで、これは強迫神経症に共通の特徴だとフロイトは言う。いまや、このことも適切に説明されるわけである。

 さて、あとはこの中心的メカニズムをエディプス・コンプレクスと一貫した形で結びつけるだけだ。これを遂行しているのが「制止・症状・不安」論文である[ⅩⅣ:140-153=19:37-51]。これで強迫神経症の典型的メカニズムを記述出来る。

 さて、子どもはファルス期に到達し、ÖK的な欲望の形、母への官能の次元を含む独占的な愛とそれゆえの父への敵意を経験する。しかるに、これは父の罰への不安によって先立って抑圧されている。この罰の不安のうちで典型的なのが去勢不安であって、それがÖKの抑圧を決定的なものとする。そしてこの禁止の上に、喪失された両親対象の内在化によって超自我が形成されるというわけだ。

 鼠男から分かることは、強迫神経症においてこの抑圧過程と超自我がとりわけて強力だということである[ⅩⅣ:144 =19:41-42]。一般的にいえば、それはÖK、母への愛と父への敵意の強さに由来するが、鼠男の場合確認されるのは父への敵意の強力さである。

 こうして子どものファルス的な性的欲望が抑圧されるのだが、こうして性器的な性的欲望が無意識化されるだけではなく、先に見たように、その一部が「肛門-サディズム」的な段階に退行させられるとき、他の神経症ではなく強迫神経症特有の素因が生じる――素因があるからといって必ず発症するわけではないが。

 症例鼠男段階の理論では、体質的に強いサディズムの憎しみが愛との対抗関係で抑圧され、だが憎しみが愛を邪魔して一切の決定が不可能になる、こうして行動が思考に退行し、行動に向けられるはずのエネルギーが強迫へと変貌するという理論が構築されていたが、これも一定程度書き換えられることとなる。

 むしろ、母への愛と父への憎しみが罰の不安によって抑圧されるのであり、さらに性的欲望の退行により、それにサディズム的成分と肛門的成分が混じり合うが、それも更に抑圧を被るのである。こうして愛にせよ攻撃性にせよ、積極的な追求すべてに対する抑圧の介入が一切の決断と行動を不可能にして優柔不断と懐疑を生み出す。

 そこで行動に移ることを妨げられたエネルギーが強迫症状として回帰してくるか、あるいはそのような行動へ向かうエネルギーを妨げるために同様に強いエネルギーが動員されることで強迫症状が生じるのである。先の女性の事例でいえば、肛門的な「汚物」への志向とサディズム的な攻撃性への志向が無意識で高まっているのだが、その行動的エネルギーを妨げるために、同じく強力なエネルギーが動員されて、それが自我にとっては強迫的な「不潔恐怖」「加害恐怖」と感じられるのである。

 フロイトは「制止・症状・不安」論文で強迫神経症の症状の中核には「触れる」ことへの禁止が存在しているが、それはそこで抑圧されている性愛的欲望にせよ攻撃的欲望にせよ、それは他者に「触れる」ことから始まるからだと述べている。

 また強迫神経症に現れているサディズムに関して言えば、フロイトはそれが「知への欲動」に昇華されている事例も多いと見る[Ⅷ:449=13:200]。知は対象を獲得し制圧する点でサディズム的な欲動の昇華された形なのであり、懐疑はその攻撃性を取り消す防衛作用でもあるのだ。

 この文脈で鼠男の理論部で述べられていた、強迫神経症においては思考活動そのものが性愛化され、性的満足をもたらすものとなるという飲み込みにくい議論を適切に理解出来るようになる。そこで満たされる欲望とはサディズムに退行している限りでの性的欲望であり、またそれも強迫神経症における他の積極的活動と同様に懐疑による否定を免れるものではない。強迫神経症者は知的構築を休みなく行うが、同時にそれを懐疑によって絶えず解体させるのだ。

 さて、こうして幼児期経験のレベルで強迫神経症の「素因」が明らかにされたわけだが、後の時期をみると、強迫神経症の多くは最初の症状を6~8才頃に示し、またその形成過程において思春期が重要であるとされている。なぜ思春期が重要なのかと言えば、フロイトにとっては、もちろん、そこで第二次性徴期が訪れて性器機能が完成し、否応無しにいわゆる潜伏期が終わって性的欲望が強化されるからである。

 だが、強迫神経症の場合には、まずもって性器的な性的欲望が強く抑圧されているのみならず、先の「退行」の素因的要因のために、性的欲望に攻撃性が混ざり合っており、もちろん、そんなことを意識は知る由もないのだが、サディズムの強化によってそれ自身厳格化している超自我の方はこの性的欲望を過剰に強く罰するのであって、この超自我不安、父の禁止に反して罰せられる不安に陥らないため、あるいはそれを打ち消すために否定的な症状、すなわち、「禁止、用心(予防措置)、償い」[ⅩⅣ:142=19:39]などを中心とする症状が生じるというわけである。

 さて、以上が強迫神経症の典型的メカニズムである。それは強迫神経症のすべてではない―私たちは女性の患者たちの例もかなり引いているのだから当然である―が、豊かに展開された事例に見出される、そのもっとも典型的なあり方であり、このように捉えられたとき強迫神経症は男性性の構成における典型的困難を表現するものとなる。

 本節の議論を通じて、エディプス過程における父への敵対の強力さ、ということは、「父のようになってはならない」という禁止と罰への不安の強度こそが強迫神経症の中核にあるというテーゼが正当化されただろう。そして「父のようになりなさい」と「父のようになってはならない」の二重性、その配分のうちに男性性の全本質が存在しているというテーゼもより説得的になったと期待したい。

 そして、いまや私たちはこの両極端をハンスと鼠男の二人を通して捉えたので、その間に広がる男性性がはらむ問題性を一般的に展開するための領野が開かれたといってよいだろう。こうして本章の最終節は男性性がはらむ困難を取り扱う。

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第4章 男性性とは何か―ハンス、鼠男、そして強迫神経症(2)
第4章 男性性とは何か―ハンス、鼠男、そして強迫神経症(4)

目次・はじめに:フロイト性理論の再構成 セクシュアリティの解釈学の基礎づけ

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