第一章 「否定的なもの」の問いとは何か―ドストエフスキーとキルケゴールからヘーゲルへ

 本章は私における「否定的なもの」の問いの生成過程に照準し、そこからこの問いの意味するところ、この問いにおいて問われている事柄、そこで賭けられているものを明らかにすることを目的とする。「私における」を強調するのは、とりわけ本章の前半部分について、その個人的な性格を示すため、そしてそれゆえに、これが「否定的なもの」の問いを提示するための唯一の必然的な仕方などでは全くない、その問いの全域からすれば一つの偏った仕方に過ぎないということを示すためである。だが、そうであるにせよ、本章は本稿に通底する問題を理解するのに役立つはずである。

 発端となる第一節では、ドストエフスキーの『地下室の手記』から、本稿において「否定性」という言葉が指示しようとする複合的な事柄の一つの側面、その原経験とでも言うべきものを取り出す。”die Negativiät“、あるいは”negativity”を「否定性」と訳せば何か難しげだが、それを「ネガティブさ」と訳せば非常に身近な言葉となる。ここではこの「ネガティブさ」という語で日常意図されていることとの連関にも目を配りつつ、「否定性」という言葉に意味内容を与える試みが開始される。

 続く第二節からは「否定的なもの」の理論化の試みが開始される。そこで参照されるのはキルケゴールである。そこで本質的なのは「否定性」を、これは『地下室の手記』にも存在する契機なのだが、自己意識=反省から捉えるという視座である。

 最後に第三節ではヘーゲルに登場してもらうことになる。人間主体を「否定性」として、更にそれを「自己意識/反省」から考えたのは、やはりヘーゲルだからである。このことをヘーゲルの『法哲学』から示す。ここで両者の対立関係にも関わらず存在するヘーゲルからキルケゴールへの本質的な継承線が引かれなければならない。そしてこの節の後半では「否定的なもの」をめぐる問いに一応の定式化が行われる。

 続く第四節では私たちの問いと、ある種の共同体主義の問題意識の近接性をヘーゲル研究から出発して共同体主義的と呼ばれうる立場を取っていると見なされているテイラーを媒介にして示しておく。だがそこでは私たちの立場からしてテイラーが不徹底であることが示される。このことを通じて「否定的なもの」の問いの必要性が確証されることを期待しつつ、本章の議論は終結する。

目次

1、ドストエフスキーの『地下室の手記』

1-1、「意識しすぎることは病気である」

 この「地下室」という暗い場所から本稿の本格的な叙述が始まる。さて、元下級官吏であった本書の主人公は、今や親戚の遺産を得て職を辞して地下室に引き込もって誰が読むでもない手記を綴っている。ドストエフスキーは前書きで彼を「最近の時代に特徴的であったタイプのひとつ」と特徴づけており、手記の著者自身に「世界で最も人工的な都市」であるペテルブルクで育った「レトルト人間」と自称させている。

 では「レトルト人間」は自然に生まれた人間と何が異なるのか。それは地下室人にいわせれば「強度な自意識」である。さて、そのようなレトルト人間として地下室人は語り始める、「自分自身のこと」を。では具体的には何を語るのか。

ところで諸君、きみらが聞きたいと思うにしろ、思わないにしろ、僕がいま話したいと思うのは、なぜぼくが虫けらにさえなれなかったか、という点である。まじめな話、ぼくはこれまで何度虫けらになりたいと思ったか知れない。しかし、ぼくはそれにすら値しない人間だった。誓っていうが、諸君、あまりに意識しすぎるのは、病気である(ドストエフスキー[1969:11])。

 この前のところで、彼は「ぼくは意地悪どころか、結局、何者にもなれなかった―意地悪にも、お人好しにも、卑劣漢にも、正直者にも、英雄にも、虫けらにも」(同[9])と語っていた。

 なぜ、彼は「何者にもなれなかった」のか。それは彼が病気だったから、「意識しすぎる」という病気だったから、「強度の自意識」をもつという病気だったからである。その病気はどんな病気なのだろうか。地下室人の言葉を聞こう。彼によれば、意識が病気であるのは「意識ないし思索の本質」が「どんな本源的原因を持ってきても、たちまち別の、さらにいっそう本源的な原因が手繰りだされてきて、これが無限に続く」(同[28])からである。

 このことの意味の解釈が本章の主題、第二節以降の主題となる。ここでは地下室人の言葉を更に追跡していくことを優先しよう。

 こうして「強度の自意識」ゆえに「何者にもなれなかった」地下室人は、ある肯定的な述定、「私は~である」によって表現される同一性を引き受け、それに一致し「何者かになる」ことを、(ある種の皮肉を込めつつ)賞賛する。

たとえ怠惰にもせよ、自分のうちに何かをもちえたとなれば、尊敬したくもなるではないか。たとえひとつだけにせよ、ぼくもまた自分で納得のいくような、しかも、どうやら積極的な[肯定的な]特性をもつことになるわけなのだから。あいつは何者だ?と問われて、なまけ者だ、と答える。自分についてこんな評言を聞けたら、さぞかしたのしいことに違いない。なにしろ、積極的な[肯定的な]評価が定まり、僕について言われるべき言葉が出来たのだから。〈なまけ者!〉―これはもう一個の肩書きであり、使命であり、履歴でさえある。(同[31])

 しかるに、彼自身はこの叙述に引き続いて「このネガチブの時代」においてなら、このことは尚更素晴らしいと付け加える。彼の見るところ、彼の時代は「私は~である」という肯定的な同一性を引き受けることはもはや困難な時代なのである。彼自身はこのネガチブの時代の典型として生み出されていたことを想起しておこう。

 ここでのネガチブという言葉の使用法から「否定性」に一つの意味を与えることが可能になる。「否定性」は地下室人をその肯定的な自己同一性から切断し、一切の肯定的な同一性、「~である」を引き受け不可能にする「~でない」という否定であり、彼を「何者にもなれない」状態、一切の肯定的な同一性と一致することの出来ない自己不一致の状態へと強いるものである。「否定性」は一切の肯定的なものへの距離を作り出すものである。

1-2、「否定性」から「ネガティブさ」へ

 この「否定性」が日常的な意味でのネガティブさの根拠にもなっている。このことは彼が復讐の不可能性、行為の根拠の無限後退に由来する行為の不可能性を語るところから明らかになる。これは私の見るところ本書で最も生き生きとした叙述の一つである。長い引用を行おう。

ぼくは誰に対しても、何の復讐も出来ないからである。なぜなら、たとえそれが可能であっても、おそらくぼくには、何かをしてやろうという決断など、つきっこないからだ。どうして決断がつかないのか?このことについては、特に一言しておきたい。(…)だいたい、自分の恨みを晴らすことの出来る人間、もっとひろくいって、自分を守るすべを知っている人間の場合、ここのところは、たとえば、どうなっているのだろうか?彼らの場合には、いったん復讐の念なら復讐の念に囚われたとなると、すくなくともその間は、彼らの全存在からこれ以外の感情が消滅してしまうことになるらしいのだ。つまり、こういった先生は、怒り狂った牡牛よろしく、角を低く構えて猛然と目標に突き進み、壁にぶつかって、はじめてそこで停止するというわけである。(…)[だが、]正常な人間のアンチテーゼ、(…)強度の自意識を持った人間をとってみた場合、この人間がときには自分のアンチテーゼの前ですっかり尻尾を巻いてしまい、強度の自意識を持ちながら、すすんで自分を人間ではなく、一個のねずみと思い込んでしまうようなことがある(…)のである。たとえ強度の意識を持つねずみにせよ、やはりねずみはねずみである。ところが相手は人間なのだから、したがって、当然…ということになる。(…)なぜなら、〈自然と真理の人〉は、その生来の軽薄さから、自分の復讐を意図も単純に正義と考えているが、ねずみのほうは強度の自意識から、そこに正義を否定するからである。こうして、ことはいよいよ実行、復讐行為の段階にたちいたる。不幸なねずみは、最初から持ち合わせた醜悪さだけでなく、さまざまな疑問やら疑惑の形で、ほかにも、もう山ほど、自分の周りに醜悪な反吐のようなものを積み上げてしまっている。ひとつの疑問につれて、未解決の問題がぞろぞろ出てくると成れば、ねずみのまわりにはいやおうなく、ある種の宿命的なにごり水が、悪臭ぷんぷんたるどぶ泥が溜まっていくことになるわけだ。このどぶ泥の成分はといえば、ねずみ自身の疑惑であり、動揺であり、さらには、裁判官ないし独裁者よろしく、勝ち誇ったように彼の周りに立ちはだかって、大口あけて思い切り彼を笑い飛ばしている直情型の活動家たちが、ねずみに向かって吐き散らす唾でもある。いうまでもなく、ねずみとしては、こうしたいっさいをさっぱりとあきらめたしるしに、自分のちっぽけな前あしでもひょいと振ってみせ、およそ自信なさげなうわべだけの軽蔑の微笑でも浮かべて、こそこそと自分の穴へもぐりこむしか、もう手がない。 (同[16-19])

 「否定性」、それは肯定的な同一性から人間を切断し、従って行為の基礎となる諸根拠からも人間を切断する。そうすることで行為を不可能にしてしまう。

 さて、ここまででネガティブさとの関連にも目を配った形での「否定性」についての一つの特徴付けへと到達した。「否定性」とは、私と「~である」という「肯定的な同一性/述語」を切り離す「~でない」であり、また同じことだが、私を捉えているもの、例えば上の引用でいえば、行為の根拠となる「怒りの感情」や「正義」から私たちを切り離す「~でない」である。

 「否定性」によって、私たちは「肯定的な述語/同一性」から切り離されて「何者でもない」ものとなり、没入の対象や行為の根拠を失って空虚さの中に放置されることになる。「否定性」とは、まずもって、「私」と肯定的な述語、「具体的/特殊的」内容一般とを隔てる深淵、私と世界内的なもの全てとの間の架橋しえない深淵である。

 さて、問題はこの生の行き詰まりを理論化することである。つまり、この同一性の引き受けられなさ、終わりなき懐疑、あるいは「ネガティブさ」は、いかなる構造によって可能になっているのか、その構造全体はどのようなものか、そして、以上の問いへの答えに基づいて、どのような形でこの行き詰まりからの出口を思考しうるのかと問うことである。

 その最初の一歩として私たちは、このことに「否定性」という名を与えた。今や問題はそれを可能にしている構造を、理想的にはその総体性において問うことである。そのことに向けて次節以降の議論の歩みが歩まれる。

2、キルケゴールにおける「反省」「懐疑」「絶望」

2-1、『現代の批判』―「現代は反省の時代である」4)本項の()内の数字はキルケゴール(1966)のページ数を示す。

 キルケゴールは『現代の批判』と訳されている文章の中で、情熱に満ちた「革命時代」(371)に対比して彼の生きた現代を「反省の時代」と規定する。このことが言い当てているのはまさに今まで私たちが見てきたのと極めて良く似た現象である。

 キルケゴールの見るところ、現代は「決断と行動」(374)が不在である。「反省」は「決断へのやみがたい衝動」をこそ「追いはらう」(380)。というのも、「反省」はどんな決断でも、どんな特定の内容へのコミットメントでも「いきなり逆転できる」から、つまり、別の可能性を提示することで決断を相対化することができるからである。反省は「反省の可能性というものはみすぼらしい決断などとはまるきり違った偉大なものなのだ」(388)という考えを育てる。

 私たちの主導的な関心からは外れる言い方だが、ここでキルケゴールが反省を「妬み」(388)として記述していることも見ておこう。キルケゴールがこう述べるのは、反省は決断と行動を妨げ、人が何か傑出した事柄を達成するのを妨害するからである。まず個人の中に反省関係があって個人が決断することを妨げる。だが、もし個人が決断したとしても周囲が妨げる。個人は「自分自身の中の反省関係のおかげで(…)周囲の反省に対してもある関係を持っている」(388)からである。個人が自分の中ではっきりと決断したとしても、他者の視点を自らのうちで先取りし、それに基づいて決断を評価することによって、その決断をひっくり返してしまう。

 これが反省の「妬み」の運動であり、この他者の視線が一切の決断をひっくり返すことによって「水平化」が、相互的な足の引っ張りあいによる人間の平凡さへの平準化が生じる(391)。この水平化する一般的な他者をキルケゴールは「公衆」(400)と名付け、それを存在させている媒体として新聞を挙げる、この小論は一種のメディア論でもあるといえるかもしれない。さて、個々人は新聞を通じて否応なくこの何処にもないもの、この「抽象物」 (400)である公衆に反省を通じて関係づけられる。それをこそ自らの立ち位置を定める規範的な参照点とすることになる。

 この反省の水平化運動は留まるところなく、それは個々人を純粋な人類という参照点、「無限の抽象物」「より高い否定性」(396)へと関係づけることになる。特定の共同体や革命時代にあった「党派」ならば特定の具体的な内容を持っているが、公衆や人類はそうではない。だから、この公衆や人類への準拠を通じて個々人は具体的な「立場/内容」から切り離されてしまう。公衆の怖いところは、それが特定の具体的内容を持たない気まぐれ性、それがある日にAを支持していたかと思えば、次の日にはAを批難しているかもしれないといった不確かなものである点にある。

 「もしだれかが、今日、公衆の意見を採用し、そして明日やじり倒されるとしたら、その人をやじり倒すのは公衆なのだ」(402)。こうして公衆は「巨大な無」として自らの正体を現す。反省とその準拠点としての公衆のカップリングは、個々人を彼らが生きている具体的な文脈と具体的な内容から切断し、しかる後、自らを「無」として露わにすることで、個々人を「突き放す」(401)。公衆との関係は「個人個人は自分自身に委ねられているということの表現でもある」(401)。

 ここで「反省」のキルケゴールにとっての完全な両義性が明らかになる。「反省そのものが悪ではない」(407)。反省による具体的なものの捨象は「直接的な情熱より高い意味を持ったもの」(407)の可能性の条件であるし、個々人を「宗教的に教育」(404)しさえする。それは先の「突き放し」をする限りにおいてである。

 反省による抽象化と抽象的な公衆への準拠は「水平化」を生ぜしめるが、抽象的な公衆が無として露わになることは、具体的なものの支えが奪われた状態で個々人を突き放す、つまり、規範的支えのない全き空虚、孤独の中に放置する。ここに「教育」がある。反省と公衆は「具体的な諸個人」「具体的な有機的機構」を「排除」(422)してしまったのであり、「有限性そのものが迷妄であることを暴露」(423)した。だから公衆という新たな支えが消え去るとき、そこにはただ「無限なものの深淵が口を開いている」(423)。個々人は「抽象的な無限性のめまいの中で滅んでしまうか、それとも、ほんとうの宗教性のなかで無限に救われるか、どちらかひとつなのだ」(422)。

 こうしてキルケゴールはここで多くの人が絶望するだろうと予見しつつ、反省と公衆の教育的機能、そこに潜んでいる彼にとって有利な逆転を見定める。この議論はほとんど次の世紀の「アノミー」をめぐる議論、規範的準拠点の不在をめぐる議論を先取りしていると評価できるだろう。ただ、キルケゴールの場合には、この空虚を埋める共同性の回復などが問題なのではなく、この空虚の持ち堪え抜きだけが問題なのである。

ひとりひとりの個人が、全世界を敵にまわしてもびくともしない倫理的な態度を自分自身のなかに獲得したとき、そのときはじめて真に結合するということが言えるのであって、そうでなくて、ひとりひとりでは弱い人間がいくら結合したところで、子供同士が結婚するのと同じように醜く、かつ有害なものとなるだけのことだろう(420)。

2-2、「反省」とは何か 5)本項の()内の数字はキルケゴール(1980)のページ数を示す。

 さて、キルケゴールが「反省」という語で語ろうとしている現象と私たちが「否定性」という言葉で特徴づけた現象が「具体的/有限的」内容の捨象と否定の運動として極めて類似していることはもはや明らかだろう。ここで『ヨハンネス・クリマクス』における「反省」のキルケゴール的定義を確認しておこう(鈴木[2009])。

 キルケゴールは「反省」の定義を「疑うということが可能になるためには、人間存在はいかにあるべきか」(145)という問いの過程において与えている。ここでキルケゴールは人間に懐疑を起こさせる様々なものを探索する「経験的考察」は行わず、「懐疑の理念的可能性を意識の中に探求しよう」とする。どんな経験的事物が懐疑を起こさせるにせよ、懐疑するものの側に懐疑を可能にする条件がなければ懐疑は起こらない。キルケゴールはその条件を明確にしようとする。

 キルケゴール曰く、子供には懐疑がない。そこには現実性しかなく、現実性とは別のもの、それを相対化するものがない。子供は現実性に密着しており、したがってそのあり方は直接性である。ここには懐疑の可能性は存在しない。

 では、懐疑を可能にするものは何か。それは現実性ではない「可能性/観念性」を導入する「言葉」である。キルケゴールはどこかヘーゲルの「感性的確信」論を思い出させる仕方で、言葉が現実性を表現することによって現実性を止揚すると述べている。そして、この現実性と「観念性/可能性」との関係の中に、現実性に対する懐疑の可能性が存在する。

 キルケゴールの規定するところ、「反省」とは、この二者の「関係の可能性」(177)である。そして意識は(単なる「可能性」ではなく)この「関係」そのもの、「反省」が名指す「関係の可能性」の現実化、現実性と理念性の矛盾的関係そのものである。そういうものとして意識は現実性、つまり、現にあるものに対する否定的距離である。

 とはいえ、キルケゴールの用語法は恐らくいつもこの反省と意識との厳密な区別に従っているわけではない。というのも、この定義(1842-43年)の後の著作である先に見た『現代の批判』(1846年)にせよ、『死にいたる病』(1849年)にせよ、「反省」は人間主体の現実のあり方を指し示す語として、単なる「関係の可能性」ではなく「関係の現実化」として定義されている「意識」とほとんど区別されない形で使われているからである。私たちもそれに習い、「反省」を単なる「関係の可能性」ではなく、「関係の現実化」を指す語としても用いる。さらに私たちは次項でこの「反省」が「自己意識」として考えられている様を見ることになる。

2-3、『死にいたる病』における反省と自己意識6)本項の()内の数字はキルケゴール(1996)のページ数を示す。―あるいは「絶望」を「否定性」へ向けて解釈すること

 さて、『死にいたる病』における自己の構想も以上の延長線上で考えられていると見ることが出来る。本書では先の「反省」の運動が「自己意識」の運動として捉え返されてより緻密に把握されている。そして地下室人が「意識/自(己)意識」について語っていたことを思い出せば、この「自己意識」への着目によって本節は第一節および次節につながることになる。さて当該書冒頭の有名な規定の引用から始めよう。

人間は精神である。しかし、精神とは何であるか?精神とは自己である。しかし、自己とは何であるか?自己とは、ひとつの関係、その関係それ自身に関係する関係である。あるいは、その関係において、その関係がそれ自身に関係するということ、そのことである。 (27)

 キルケゴールはここで「人間/精神/自己」をある関係、「無限性と有限性」「時間的なものと永遠的なもの」「自由と必然」との関係として、正確には、その関係自身の自己関係化として捉える。この関係の原型が「現実性」と「観念性」、現にあるものとそれを超えたものとの関係、先に「反省」と「意識」を規定していた関係であることは見て取りやすいだろう。

 そして先に「反省」は「関係の可能性」として、「意識」は「関係そのもの」として規定されていたが、この二重性は今や「関係」と「関係の自己関係」の二重性へと移し替えられていると見ることが出来ると思われる。先に「関係の可能性」(反省)の「現実化」(意識)として捉えられていたことが、「関係」の「自己関係化」(精神/自己)として把握される。どちらの場合にも、この二重性におけるポイントは関係自身の積極的引き受けである。この矛盾的な関係が積極的に引き受けられた様態をキルケゴールはそれぞれの場所で「意識」あるいは「精神/自己」と呼んでいる。

 さらに前項との並行関係を追いかけることが出来る。前項において「現実性」と「観念性」の矛盾する関係が「懐疑」を可能にしていたが、本書においては「関係」における「齟齬」が「絶望」の最も抽象的な定義として与えられる(32)。つまり、「懐疑」も「絶望」も、現実性と「観念性/可能性」の対立によって可能になる、「現実性/直接性」への、現にあるあり方への否定的関係、つまり、「否定性」として思考することが出来るわけである。

 さて、キルケゴールはこの絶望の(強)度の高まりを意識の高まり、「自己についての意識」(94)の高まり、つまり、「自己意識」の高まりから思考する(81)。これが『死にいたる病』第一編CB「意識という規定のもとに見られた絶望」が展開する構想である。

 この節の主要部分は「直接性」から「反省」への移行で始まり、そこで既にはっきりしてくるのが、キルケゴールが「反省」を上二項で確認した意味を保持しつつ、自己意識から、あるいは自己意識として考えているということである。自己意識こそが「反省」であり、現実性と観念性の矛盾的関係であり、懐疑であり絶望であり、「否定性」である。このことを確かめるため「いくらかの反省を含む直接性」(97)についての叙述を引用しよう。

ここには、(…)或る程度の反省が含まれており、したがって、自分の自己に対する或る程度の省察がある。この或る程度の自己反省とともに分離作用が始まり、それによって、自己は、環境や外界とその影響とから本質的に区別されたものとして自己自身に注目するにいたるのである。(104)

 「反省」は『現代の批判』では個別具体的な諸内容への没入の反対物として、それらと距離を取ることとして現れ、前項の『ヨハンネス・クリマクス』においては懐疑を可能にする「現実性」と「観念性」の「関係の可能性」として現れていたのだが、ここでは両者において現れている「具体性」「現実性」に対する距離という要素、私たちの言葉でいえば「否定性」という要素が保持されつつ(「分離作用」)、それが自己意識、自己が自己を見ること、「自己反省」から捉え返されている。このことを心に留めて少しここで展開されている議論を追って見よう。

 まずは「直接性 = 無反省性」である。直接性は現実性べったりの生の様態であり、そこで人間は現にある自己自身、「もの」としての自己自身と同一である。キルケゴールはそれを以下のように表現する。

直接的な人間(直接性が現実に全く反省を伴わないで出現しうるとした場合において)は、単に心的に規定されているばかりであって、彼の自己や彼自身は、時間的世俗的な枠の内にあって、他ノモノと直接的な関連をもつ或るものであるにすぎず、うちに何か永遠なものが含まれているかのような一種の幻想をもっているにすぎない。(97)

 さて、直接性の内には「現実性」に対する距離が存在しないから、それ自身の内からはいかなる「現実性」と「観念性」との「関係」もなく、その関係における「齟齬」、つまり、懐疑や絶望も存在しない。だからキルケゴールは直接性にとって絶望は「外部から来る」(97)という。つまり、直接的な人間が「彼の生命としているもの」「特に愛着している部分」(97)が奪い去られることによって初めて「絶望」が生ずる。

 さらにその絶望への反応も特徴的なものである。それは「別の人間になりたい」(101)と願うことである。直接的な人間は彼が現にそうであるもの、「現実性」と一致していて、それに還元可能である。彼にとって最も重要である部分が失われてしまった時、だから、彼は「自分がならなかったものになっていたらと願ったり夢見たりするだけの自己をさえももってはいない」(101)。失われた具体的内容以上の、それに還元されない自己など無かったのだから、それが失われた今、彼にはもはや自己がなく、それが今とは違う形で現実化していたらと願う事すら出来ない。彼はむしろ失われた具体的内容を持っている他者に成り代わりたいと願うというわけである。

 次に登場するのが「直接性」が「或る程度」の「反省をうちに含んでいると考えられる場合」(103)である。ここで先に引用したように、人は自己意識し、「自己を見る自分」を、見られうるもの、つまり自己の具体的内容から引き剥がす。こうして自己は自己の具体的内容以上のものとして、「現実性」以上の「可能性/観念性」として、ここでキルケゴールが使っている言葉でいえば、直接的な「もの」性、「時間的世俗的な枠」を超えたという意味で「永遠性」として現れ始める。

 この自己は自己を見る、ということは更にいえば自己に働きかけるのだから、絶望ももっぱら外からやってくるのではない。キルケゴールはこの段階における幾つかの「絶望」の出所を記述している。その最も抽象的な表現は、人が自己を眺めやり、自己を引き受けようとする時、「いかなる自己も完全ではない」(104)から何らかの困難に突き当たる、どうしても「齟齬」が生じるというものである。

 そして反省が生じている場合には、以上のように絶望の出所だけではなく、それへの反応も直接性とは異なる。というのも自己は自己の具体的内容を超えている以上、そこで喪失などの諸困難が生じたとしても、だからといって「自己を放棄することはとにかくたいへんだ」(104)ということが分かっているからである。

 だが、キルケゴールの見るところ最も「一般的」(108)な形態であるこの「直接性+或る程度の反省性」という様態にあっては、この絶望への対応策は限られたものである。先に見たように他人に成り代わろうと思ったりはせず、「自己」のもとに留まってはいるが、「あえて自己自身のもとへ来ようとしない」「自己自身であろうと欲しない」(106)、ありていに言えば、自己の状況が改善するのを待っているのである。

 次なる展開も「自己意識」「反省」の更なる度の高まり、「一切の外的なものからの無限の抽象によって獲得される自己」(105)へと向かう、現実性に対する自己分離作用の高まりによってもたらされる。キルケゴールの見るところ、この現実性との切断が高まるにつれて決定的な転回が生じる。

 いままで絶望は「地上的なもの」についてのものであった。自己が大切にしている対象なり自己のある属性なりが失われたり、あるいは自己のうちに何か引き受けられない困難があるといった絶望であった。だが、反省/自己意識による現実性からの切断の高まりによって、たんに「地上的なあるもの」への絶望が「地上的なもの(全体)」への絶望(114)に変化するとき転回が生じるのだ。

 すなわち、「地上的なもの」を超えてしまった自己の「絶望」は「地上的なもの」についての絶望から「地上的なもの」にかくも重きを置いてしまっていたことに対する絶望、つまり「永遠なもの」「永遠なものとしての自己」を失ってしまっていることについての絶望、そのような「自己自身の弱さ」についての絶望になる(115)。

 この自己は地上的なものを越えでている、だから、その自己は自己のうちに何か永遠なものがあることを意識しているのだが、そこに自足しえずに「地上的なもの」に価値を与えて「しまっている/いた」という意味で、「永遠なもの」を失っているという絶望、そのような自己の弱さへの絶望なのである。

 キルケゴールの言うところ、このレベルにおいては「絶望」の反対物たる「信仰」への移行、「正しく向きを変え、絶望を去って信仰へ向かい、自分の弱さ故に神の前にへりくだる」(117)ことが既に可能なのだが、そうならない場合として「永遠なもの」についての絶望をキルケゴールはさらに二つに分けている。

 それが弱さの絶望と強さの絶望である。弱さの絶望は、永遠なものを知りつつ持っていない自己の弱さに絶望して「自己自身であろうと欲しない」(118)絶望である。弱い自己を引き受けたくないということである。この自己は「地上的なもの」から多かれ少なかれ距離を取ったものとして、稀なる「孤独への要求」(121)を持っていて、少なくともその内面の奥深くに関しては他者と隔絶した「閉じ籠もり」(122)という状況にある。

 これが「強さの絶望」に変わるのは、「なぜ自分は自己自身であろうと欲しないのかと言うその理由を意識する」(127)ことによってである。というのは、なぜ自己は「弱い自己」に面して自己自身たろうと欲しないのだろうか。それは自己を強いものと考えたいから、「自分の自己を誇りたいから」(123)ではないだろうか。だから、自分の弱さに絶望して自己であろうと欲しないという態度には欺瞞がある。それは強い自己であることを欲している。このことが明瞭に意識された時、絶望は絶望して「自己自身であろうと欲する」「強さの絶望」へと変化する。

 こうして私たちはようやく本稿における私たちとキルケゴールとの関わりが終わる場所、その終着点に到達する。「永遠なもの」を「失っている/いた」自己の弱さから自己自身であろうと欲しない絶望から生じた、自己自身であろうと欲する「強さの絶望」は「永遠なものの力による絶望であり、絶望して自己自身であろうと欲して、自己のうちにある永遠なものを絶望的に濫用する」(127)絶望である。

 この自己は「地上的なもの」を超えてしまった自己だから、この自己がそれであろうと欲する自分自身とは「地上的なもの/時間的なもの/現実性」にもはや制限されない「無限な自己」(128)、外的なもの一切から抽象された自己の「もっとも抽象的な形態」(128)であり、従って外的/現実的な規定肯定的な規定によって捉えられない、肯定的な規定一切を否定する「否定的な自己」(128)である。

 この自己は自己自身であることのみによって「永遠なもの」の力を意のままにしようとする自己であって、自らの上位にある審級を一切認めない。そしてキルケゴールの眼目は、もちろん、この自己が「齟齬」/「絶望」から逃れられないこと、「安心立命」とは行かないことを示すこと、更にそれによって「信仰」への移行の必然性を証示することである。

 さて、キルケゴールは恐らくヘーゲルへの参照を通じてだろう、この自己に「ストイシズム」(129)という名を与える。その下位区分が「行動的」と「受動的」である。「行動的」ストイシズムは「永遠/無限」な「否定的」な力能を行使することで「具体的な自己」のレベルで自らを思うままに創造しようとする(128)。

 ここでの行き詰まりはそれが何ら確固たるものを生み出しえないことである。どんな具体的自己を構築しようとも、その内容は「仮設的」(130)であり、それに対する自己の関係は「実験的」(129)である。どんな具体的自己を生み出しても否定的自己はそれを否定することが出来てしまう。この絶対的支配者は結局自分が最終審級であることで「真剣さ」(129)を欠き、「国土なき国王」(131)に過ぎない。というのも、「自己は気ままに全体を無に解消することができる」(132)からである。キルケゴールの見るところ、彼は自らを支えている審級、自らを措定した審級、「神」を認めることが必要なのである。

 一方「受動的」ストイシズムは、「行動的」のように積極的に具体的自己を構築したりはしない。彼はまず自らの具体的な自己のなかを「あらかじめ方向を見定めよう」(131)と探索する。そこで何かしらの困難、何か意に沿わない具体的内容に突き当たるだろう。そこで彼は「否定的な自己」の力によってそれを消去しようと、その重要性を無化しようと試みる。

 だが、キルケゴールによれば「抽象化にかけての彼の伎倆もそこまでは達しない」(132)。すると今度はこの自己は、この意に沿わない「肉体の刺」において自己であろうと欲する。これを盾に一切の人世を、更には「神」を否定する。彼は「肉体の刺」に自己の全てを賭け、これを救済しうるもの、「神」「神にとっては一切が可能であるという背理」(133)など一切認めない。これが「悪魔的」絶望である(135)。こうなると「もはや手遅れ」(135)である。

 「強さの絶望」は「永遠なもの」を失っている弱さへの絶望を引き継いで、積極的に「永遠なもの」としての自己たらんとする自己である。だが、キルケゴールの見るところ、この形象はそのような「強い自己」たらんとする中で、絶対に自らに上位する審級を認めず、それゆえに行き詰まりに陥る。彼らは永遠なものの力を行使する者として「真理のすぐ近く」(127)にいる。

 ただ、彼らは直接自己自身たろうとするのではなく、信仰によって「自己自身を得るために自己自身を失う勇気をもつ」(127)ことが、「正しく向きを変え、絶望を去って信仰へ向かい、自分の弱さ故に神の前にへりくだる」(117)ことが、出来なかったのである。こうして『死にいたる病』の第一編は幕を閉じ、「神の前」にある、あるいは「神の観念をいだく」(143)主体の諸形象が登場する第二編へと移行する。

2-4、第二節の総括

 本節は前節までに得られた「否定性」の最も簡単な定義に基づき、その「理論化」の出発点となるべく始まった。第一項では『現代の批判』に基づきキルケゴールにおける「反省」が今まで私たちが注視してきた事柄と類似していること、つまり、そこでの問題は具体的諸内容との否定的距離であることが確認され、続く第二項では『ヨハンネス・クリマクス』における「反省」のキルケゴール的定義、すなわち、懐疑を可能にする現実性と「可能性/観念性」との矛盾的「関係の可能性」という定義が確かめられた。

 最後に第三項では『死にいたる病』の論述(の一端)を追跡した。キルケゴールはここで自己/精神を現実性と可能性の関係を原型として、その関係の積極的な引き受け、つまり、関係自身の自己関係化として記述する。「自己/精神」とは現実性と可能性の間の矛盾的関係、つまり、肯定的なものに対する距離である「否定性」の中で自らの立場を定めようとする存在である。そしてこの関係に残存し続ける齟齬が「絶望」である。

 私たちがとりわけ注目したのはキルケゴールが絶望の(強)度の高まりを(自己)意識の高まりから論述した部分である。ここで反省が「否定性」としての意味を保持しつつ、自己意識、自己が自己を見ることから考えられていることが明白になった。かくしてそこでの議論の展開は自己意識としての反省の運動からする、否定性の亢進過程の叙述となる。

 そうして最後には私たちは「肯定的/経験的/具体的」規定性と隔絶した「無限」「抽象的」「否定的」な自己―これらの語を次節の最初の引用まで覚えておこう―に到達する。キルケゴールはここでも「齟齬」の残存可能性を示し、かくして自己を措定するより上位の審級への、神と信仰への移行を正当化しようとする。だが私たちはこの点についての、この移行は正当なのか、そもそもキルケゴールの神とは何かといった点についての判断は保留としておこう。

 本来の目的、「否定性」を可能にする構造の理論化という観点から見返せば、私たちが本節で到達したのは「否定性」を自己意識としての反省から捉える視座、そしてそのひとつの極点としての「否定的な自己」「ストイシズム」の形象である。ここから直接に次節に移行することが出来る。

3、ヘーゲルから「否定的なもの」をめぐる問いへ

3-1、ヘーゲルにおける主体と否定性の構成

 ここで私たちはヘーゲルへと到達する。というのは、ヘーゲルこそ「否定性」という語に中心的な地位を与え、それを主体の「反省/自己意識」から思考したからである。ここではヘーゲルの『法哲学』に照準しつつ話を進めよう。

 『法哲学』は正確にあの場所から、キルケゴールが『死にいたる病』の第一部の終わり近くで到達した場所、あの私たちが先に際立たせた形象から始まるからである―両者の対立関係ということが言われうるにせよ、ここでの私たちの目的からすると、この主体性の構成における類似性が決定的である7)そしておそらくは両者の差異が正確に確定可能になるのも、この全般的類似性を基礎にしてではないだろうか。つまりキルケゴールにとって問題だったのはヘーゲルが「否定的なもの」を「論理学」なり「体系」なりに包摂し、何かしら自動的・機械的に処理しうるものとして扱っているように―少なくとも―見えることなのではないだろうか。。そこでヘーゲルはRecht(法・権利・正義)の基礎は自由な意思にあるとして『法哲学』のはじめに自由な意思の概念を論じる。その発端をなす§5を引用するところから始めよう。

§5 意志はα)純粋な無規定性という要素、あるいはそのうちでは全ての制限が、自然や必要や欲望や欲求を通じて直接的に存在している全ての内容、どこからであれ与えられ規定された全ての内容が解消されているような自己の自己自身への純粋な反省という要素を含む。これは絶対的抽象ないし普遍性の制限なき無限性であり、自己自身の純粋な思惟である。(Hegel [1986:7-49])8)Werkeの第7巻49頁の意味。

 「反省(Reflexion)」とは、ヘーゲルの解説するところ、ある意味で当然のことながら「反射(Reflexion)」であり、光が鏡に反射して戻ってくるように意識が反射して自らに戻ってくること、意識が対象意識から自己意識へと転換し自己に回帰することである。反省は自己意識である。

 更にそれは「否定性」である。この自己意識は対象とその意識(対象意識)を意識するものとして、対象と対象意識の外、「対象への没入/対象の無条件的妥当性」の外に出ること、そうして自己の内へと回帰することだからである。「人が単に何かであり、あるいは何かを持っていることと、自らがこれであり、あるいはこれをもっていると知ってもいることには非常に大きな違いがある。(…)諸制限への反省はすでにそれを越え出る第一歩である」(Hegel [1986:4-219]) 。

 ここに生じる対象と主体との距離こそ「否定的なもの」の定義を形成する。「意識において自我とその対象である実体との間に起こる不等性は両者の差異であり、否定的なもの一般である」(Hegel [1986:3-39=1971:35])。そしてこの主体による肯定的な「規定/内容」の捨象、「諸規定性を捨象するというこの可能性には制限はない」(Hegel[1986:2-479=1995:56])。私たちは何をしていようが、それこそ日本語が適切に言うように「我に帰り」、対象への没入、その無条件的妥当の外に出ることができるのだ。

 この契機、§5で示された一切の肯定的規定の捨象という契機(α)をヘーゲルは「抽象的否定性」「否定的自由」と呼ぶ。ここで例として挙げられているのは、徹底的な自己無化を敢行して「ブラーマン」との一体化を目指すインドの「狂信の宗教」、必然的に肯定的な諸内容への主体の制限となる一切の制度/秩序を解体するフランス革命の「恐怖時代」である。

 もちろんヘーゲルによれば自由をこの「否定的自由」としてのみ把握するのは一面的である。ヘーゲルのここでの自由の概念の練り上げを簡単に確認しておこう。§6でヘーゲルはすかさず自由のもう一つの側面としての特定の内容の定立(β)へ議論を進める。「抽象的否定性/否定的自由」は一見制限されていないように、無限であるようにみえるかもしれないが、それは特殊なもの、規定性一般を排除することにおいて逆にそれらに制限されている。

 それゆえそこに留まっていることは出来ない。内容の定立に移行しなければならない。実際、なんらかの特殊な内容を意志することにおいて初めて意志は意志といいうる。しかし、特殊な内容は所詮特殊な内容であって普遍的な意志とは一致しない。(β)では意志は自由ではない。かくして§7で真の自由な意志が(α)と(β)の両契機の一体性として明らかにされる。

 「明らかに」とはいうものの、それはやはり謎めいている。ヘーゲル曰く、これは自我が自分を「規定され制限されたもの」として定立しつつ、「依然として自分のもとに、つまり自分との同一性と普遍性のうちに留まる」(Hegel [1986:7-54])というあり方である。有名な「他のうちにあって自己自身」としての自由である。

 少し先でヘーゲルはより詳しく自由の諸形式を分節している。(α)だけで(β)のない意志は「抽象的否定性」「否定的自由」と呼ばれていたが、他方で(β)だけで(α)がない意志、単に特殊な内容が存在するだけの意志は「自然的あるいは直接的な意志」(Hegel [1986:7-62])である。それは特殊な内容に縛り付けられており、端的にいって自由ではない。

 次に(α)と(β)の両契機の並立の最初のあり方が「形式的自由」(Hegel [1986:4-225])である。この自由にあって内容は特殊なものでありながら、(α)の契機を併せ持つことで意志はその内容は自分が定立している限りのものでしかないこと、自分がそこからいつでも身を引き剥がし別の内容へ移行できることを知っている。内容が特殊でしかない限りではこの意志は自由ではないのだが、その内容への「関わり方= 形式」の次元では、そこからいつでも身を引き剥がしうるということによって自由である。これが「形式的自由」と呼ばれる。

 この後、ヘーゲルが思うところの真の自由への移行においては内容そのものの普遍化が思考されているように見える。欲される内容自身を普遍的なものへと高めなければならない。ここで最終的定式を確認しておこう。「即自かつ対自的にある意志は、意志そのもの自身を、それゆえその純粋な普遍性における自己自身を自らの対象として持っている」(Hegel [1986:7-62])。

3-2、「否定的なもの」をめぐる問いからジジェクへ

 私たちの視座、本稿の視座にとっての問題は結局、この定式の意味するところをめぐるものであるということも出来る。というのも私たちの問いは「否定性」、人間と「否定的なもの」との不可避的な関わりに由来する行き詰まり、特定の内容を持った同一性なり対象なりの引き受け不可能性、それら基づく自分のいかなるあり方に対しても永続する懐疑、どんな根拠によっても支えられない底なしの「ネガティブさ」、あるいは先に見たヘーゲルのフランス革命認識を思い出すなら、社会が常に特定のものであり特殊な立場への個々人の包摂を通じて個々人と関わるとして、そのような社会に対する永続的な否定的関係…これらの行き詰まりからの何らかの出口―それは必ずしも「否定性」の克服とは限らない―を探ること、そのために「否定性」について事態はどうなっているのかを問うことだからである。

 私たちの問いを今追ってきた『法哲学』の文脈に翻訳しなおせば以下のようになる。ヘーゲルの見るところ人間は「反省/自己意識」として「否定性」、対象への否定的距離であり、しかもそれはいかなる制限もなく一切の内容を捨象しうる「抽象的否定性」なのだとしたら、人間はどうして具体的な内容と一致することが出来るのか。どのような具体的内容を持ってきたところで私たちはそれを否定することが出来る、あるいは意図せずそうしてしまうのではないだろうか。そしてその内容との間に、社会との間に、そして自己自身のうちに対立や不和を抱えざるを得ないのではないだろうか。

 これについて卑近な言い換えをしてみれば、どんなことをし、それに没頭していても、主体が制限なき否定性としてはじめに宣言されてしまった以上、日本語に存在するぴったりの表現を用いれば、ふと我に帰って(=反省/自己意識)、これが自分の本当にやるべきことなのか?といった「懐疑」をしてしまうことから逃れることは出来ないのではないだろうか。このように考えたとき主体と対象との距離、「否定性」は克服不可能に見える。

 そして、ここでこの主体と客体、「絶対的主体性と絶対的客体性」(Hegel [1986:2-21])の間の対立こそヘーゲルが分裂と名指すものの最も根本的な形態であり、哲学による合一を呼び求めるもの、そして実際にヘーゲルの哲学が克服し(Hegel [1986:2-20-25])、言うところの「和解(Versöhnung)」に到達したと主張している当のものだということを思い出すなら、ヘーゲルの「和解」において私たちの問いへの一つの解答が立ち現れていると見なしうるだろう。しかし、問題はもちろんこの定式が何を意味しているのかということである。そのような「和解」なるものはいかにして可能なのか。そして「和解」とは何か。

 このことを十全に問うために「否定性」をめぐる問いが必要とされる。それは第一に「否定性」について、それがいかなる淵源を持つのか、それを可能にする構造を問題にする。それは否定性の起源を問う。第二に、それは第一の問いに基づいて「否定性」の諸様態、その展開の諸様態を問題にする。否定性によって織り成される人間的諸現象を、少なくとも理想としては、その総体性において問う。そして第三に以上に基づいて人間と「否定性」との関係の諸帰結を、「否定性」によりもたらされる行き詰まりに関して人間は何を望むことが出来るのかを問う。これらのことが本研究全体を通底する問いである。

 さしあたり本稿ではこの問いがジジェクの視座を通じて問われることになる。今後何度も繰り返されることだが、ジジェクの根本企図はジジェク自身の述べるところ、精神分析のいわゆる死の欲動をヘーゲルの否定性から読解すること、あるいはその逆だからである。何度も立ち返ることとなるジジェクの一節を引用しておこう。

私を本当に惹きつけているのは次の洞察です。(…)精神分析理論のまさしく中核となる部分を覗き込んだとしたら、そこにあるのは適切に読みかえられた死の欲動です。快原理の彼岸、自己破壊性等を指す、この死の欲動の観念を適切に読解する唯一の方法は、ドイツ観念論における自己関係的否定性としての主体性の概念を背景として読むことです。つまり、私は「精神分析の主体はデカルトのコギトである」というラカンの指摘を文字通り受け止めているのです。といっても、もちろんカントとシェリングとヘーゲルによって読み直されたコギトだ、とは付け加えておきますが。(Žižek, Rasmussen [2007])

 ジジェクにあって「否定的なもの/否定性」の概念を中心に、フロイトとラカンの精神分析における「死の欲動」、ヘーゲル的な「否定性である主体」、デカルト以来のコギトが特徴的な仕方で結びあわされる。否定的なものをめぐる問いをジジェクの視座を通じて問うというのは、ジジェクによるこの連接を読み解くことを意味する。ジジェクについてこれ以上のことは第二章における思想史的位置づけおよび第三章におけるその根本的問題構成の提示へと譲ることにしよう。

 さて、ここで今までに指摘された否定性をめぐる行き詰まり、その解消不可能性を少々ベタに言い換えれば、それは「懐疑」、「人生の意味」をめぐる「懐疑」、あるいはキルケゴールにおける「懐疑」と「絶望」の並行関係を考慮に入れるなら「絶望」をめぐる問いであり、一般的に「ニヒリズム」をめぐる問いということも出来るだろう。

 この問いに対する私たちの立場は、先の問いの立て方から明らかなように、この問いに真正面から答えようと試みるのではなく問いそのものを変えることである。つまり、懐疑を乗り越えた「真理」を示すことを目指すのではなく、このような懐疑を可能にしている構造、私たちが否定性と呼ぶものを問うことへと問題をズラすことである。

 この構造の十全な解明によって否定性をめぐる行き詰まりの解決の(不)可能性が明らかになるだろう。キルケゴールの言葉でいえば、キルケゴールは「信仰」を「反省[つまり、懐疑/絶望]の後の直接性」として定義したから、信仰の(不)可能性、そして可能であるとすればそれはいかなるものかが明らかになるだろう。

 本章の残り、最後の第四節で私たちと似た問題意識、つまり「抽象的否定性」をめぐる諸問題から出発している議論としてチャールズ・テイラーの一般的に共同体主義的と呼ばれうる立場を取り上げる。テイラーの出発点のひとつはヘーゲル研究であり、そこでは明らかに私たちと同種の問題意識が立ち現れている。

 テイラーの議論への一瞥によって、私たちの問題がいわゆる共同体主義の一つの主要な問題を形成することを示すことが、そしてその問題についての共同体主義的解決とでもいうべきものの輪郭を示すことが出来る。だが、それは私たちの見るところ不十分なものである。それは「否定性」の問いに十分に向き合っているようには見えない、ただそれを忘却ないし抑圧しているだけのように思われるからである。それは人間の主体性にとり「否定性」が構成的である以上、和解なるものがまずもって相当に疑わしいものであることを忘れ、それがそもそもいかにして可能なのかという問いを閑却しているように見える。

 次節はこのことを示すことを通じて「否定性」の問いを問うということの必要性を証示することを目指すものである。

4、チャールズ・テイラーにおける「否定的なもの」の抑圧

 テイラーのヘーゲル論の意図と文脈を簡単に振り返るところから始めよう(Taylor [1975:Ch.1])(Taylor [1979=1981:Ch.1])。テイラーの思想史的認識を簡単に再構成すれば以下のようになる。中世においてはいわゆる「存在の大いなる連鎖」の観念が存在し、世界の目的論的秩序のうちで人間は特定の場所を持っていた。

 しかるに中世末期にかけてこの観念は衰退し、人間が「自然/秩序」から自立して自由にそれに対するという態度が生じる。自然の客体化である。人間は自由になったが、それは自然や他者との有機的な関係を犠牲にしてのこと、諸々の分裂を引き受けることによってのみ可能なことだった。さらに客体化、つまり機械論的な認識の対象化が人間にまで及ぶ時、人間の自由さえも脅かされ始める。

 大まかに啓蒙主義的といってよいこの潮流に対する二つの根本的な反対がドイツにおいて生じた。ひとつがヘルダーに始まる「表現主義」とテイラーが呼ぶものであり、もうひとつが理論理性と実践理性、現象界と叡知界を区別することで人間の自律を根拠づけるカント哲学である。

 表現主義とは人間の生をひとつの統一された芸術作品のように見て、その生き生きとした表現を重視する考え方である。この考え方にあっては人間の表現能力の前提となる「文化 = 共同体」への帰属、そして表現にあたってより広い文脈となるべき自然との有機的な関係が重視される。テイラーの見るところ、ドイツ観念論期にスピノザがあれほど重要になったのは、この点で自然との一体性が重要だったからである。

 他方のカントは人間の自律を強調する。テイラーの観点からして特に重要なのは、カントが理論理性と実践理性を区別して、啓蒙主義の機械論を乗り越える人間の自律の根拠づけを行ったということ、さらにカントが自律を徹底的に重視したために、人間の道徳的動機付けから現象的/経験的なものを排除し、道徳原理にも実体的な内容ある規範を与えず単なる普遍性の形式しか付与しなかったこと、その結果生じた空虚さ、つまり「抽象的否定性」である。この空虚さの問題を指摘したのがヘーゲルということになる。

 さて、表現主義が自然との一体性を重視するのに対して、カントの「理性の自律」は自律のために自然的なものとの絶えざる道徳的闘争を要求する点で相互に背反する。テイラーがヘーゲルを配置するのは、この両者の対立関係の超克という地点である。

 一方でヘーゲルは理性の自律を最大限重視するが、その自然に対して敵対的で、最終的には空虚にいたらざるを得ない点を批判する。他方で表現主義からロマン主義の潮流に見られる感性の一方的な重視は理性の自律を破壊するものとして退け、またその潮流に属する無限の創造性の理念は、これまたカント的理性の自律と同じように空虚さに陥るものとして批判する。

 この両面作戦が帰結するものは何か。テイラーの考えるところ、それは「絶対的主体/世界精神」が理性的必然性として全世界を展開することである。人間が理性によってその必然性を洞察し、自らを宇宙精神の媒体と見なすことによって、理性の自律を確保しつつ、世界のうちに場所を与えられることで、その意志に内容が与えられ、これまた世界精神の自己展開に他ならない自然との対立も消滅するというわけである。

 テイラーはこのようなヘーゲルの答え自体に現在も価値があるとは考えていないが、しかし、「抽象的否定性」の問題を見て取り、それを乗り越えようとした点、その問題意識には現代的な意義が大きいと考えていることは、結論的な章での以下のような文言に明らかである。少し長く引用しておこう。

ヘーゲルはカントの道徳性や絶対的自由の政治[※引用者注:フランス革命]に関する批判において、自由な自己と純粋な理性的意志の空虚性を暴露した。そして、彼は理性的意志の観念を放棄せずに、この空虚性を克服し、人間に状況を与えることを望んだ。これは人間が宇宙的理性―これはその分節化をそれ自身のなかから生み出した―媒介物であることを示すことによって、なされるはずであった。(…)自己依存的自由の究極的空虚性が、ニヒリズムに通ずるように思われる。だから、前世紀の多くの哲学的思惟は、次の問題に没頭したのである。すなわち、自己依存的意志の主体としての自己の観念を乗り越えて、それがわれわれ自身の、またわれわれをとりまく、自然のなかに組み入れられていることを明らかにするには、どうしたらよいか。言いかえれば、どのように自由を状況のなかへ入れるか。(Taylor [1979=1981:296])

 テイラーがこの「否定性」の批判の文脈でキルケゴールの「絶望」を、言うところの「自己依存的自由」の自滅として、「自己を受け入れることの無能力」として、そこから外的な力への依存が必然的となるような場所として解釈していることは私たちにとって興味深い(Taylor[1975:562-563])。ここにキルケゴールを挿入する議論は、第二節で見たようにキルケゴールにおける絶望の深化の最終的次元がヘーゲル流の「抽象的否定性」の場所であったことを考えるなら妥当なものだと評価できるだろう。

 さて、ヘーゲルに戻ると、かくしてテイラーのヘーゲルにあっては「自由は人間にとって、大部分は与えられている使命の自由な実現を意味する」(Taylor [1979=1981:53])。人間の自由とは世界精神の理性的必然性を洞察し、その媒体としてそれに参与することである。逆に人間個人の極端な自律、何ものにも依存しない価値の自己定立は自滅的である。この洞察こそがテイラーの一般に共同体主義的と呼ばれうる発想の根幹をなしている。共同体等々は私たちの選択に先だって、もろもろの選択肢の価値を定義する地平として立ち現われるし、立ち現われなければならない。

歴史を、自然を、社会を、そして連帯の要求をも考慮の対象から外し、自分自身のうちに見出されるもの以外は一切目もくれないようになれば、重要なことがらの候補となるものをあらかた摘み取ってしまうことになりましょう。歴史でも自然の要求でもいい、人間同士のニーズでもシティズンシップの義務でもいい、神のお召しでもいいしここにあげた以外の何かでもいい、とにかくそうしたものが決定的な重要性を持つ世界に生きる時、そしてそのときにだけ、わたしは自分のアイデンティティを、それも陳腐ではないアイデンティティを、自分の力で定義することができるのです。(Taylor [1991=2004:53])

 ここに「否定性」「抽象的否定性」をめぐる問いの「共同体主義的」解決を見いだすことが出来る。主体の自由を徹底すれば一切の内容を否定する「抽象的否定性」へと至る。だが、それは内容がなく空虚であり、一切の価値を否定するニヒリズムである。それは自己自身を支えることが出来ず、最後には外的な権威へと身を任せるしかなくなってしまうような自滅的なあり方である。

 それゆえ、何か主体に先行し主体に依存しない価値の地平が必要である。その典型的なものが共同体である。この立場からは、ヘーゲルが『法哲学』で個人主義的「道徳性」から共同体主義的「倫理/人倫」への移行の箇所で、「空虚さと否定性の苦痛」を逃れるためだけに外的権威の「奴隷」、それへの「完全な依存性」(Hegel [1986:7-290])へと逃走した人々に批判的に言及していることを引き合いに出すことが出来るだろう。

 だが、私たちは前節の問いを繰り返す。そんなことがなぜ可能なのか。世界精神による理性的必然性としての世界の展開なる議論があるならまだしも、それが不在のところではその可能性には尚更懐疑的にならざるを得ない。

 そしてまた理性的必然性が不在であるが故に取られざるを得ない立場、すなわち、テイラーの最後の引用に見られる、「とにかく何か」という立場はヘーゲルがつい今しがた見た箇所で言うところの「奴隷」より何かましなものなのだろうか。

 更に根本的にいえば、それがなければ「空虚性」へと至り「自滅」するがゆえに何かを信じなければならないといって何かを信じることは、その本当に内容を信じること、主体の疑いの及ばない先行する価値を信じることなのだろうか。

 こう考えるとき、主体に全く先行する価値の地平を与えることは、主体の自律が一端獲得された後、「空虚さと否定性」の恐怖が一端感得された後には、不可能であることが分かる。主体が自律し「空虚性」に触れてしまった後にそれを恐れて何かを信じるとき、その信じられた何かは「先行する(べき)もの」として主体によって定立されただけであり、自律してしまった主体の決定がすでにそこに内在しているからである。これがカント的な自律の主張が一種の回帰不能点である理由である(cf. Žižek [2009a:93])。

 こうして私たちは少なくとも「否定性」をめぐる問題に関しては、共同体主義的解決、主体に先行し、主体を包み込む価値の地平、役割の秩序、共同体、「全体性」の内に場所を見いだすことという解決を退けなければならない。それは「否定性」の根源性を、それ故の和解の困難さを十分には評価していないから、「和解」の必要性を示しはしたかもしれないが、それが「なぜ可能か」の問いを十分に問うてはいないからである。

 こうして私たちはテイラーと問いを共有しつつも、その解決策に与することは出来ない。そのような立場が「いかにして(不)可能か」を問わなければならない。それがとりもなおさず「否定性」について問うことなのである。

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序論 「否定的なもの」の問いに向けて:緒論―はじめに
第二章 「否定的なもの」をめぐる思想小史

スラヴォイ・ジジェク研究—「否定的なもの・否定性」について(目次・論文要旨)

References   [ + ]

1, 4. 本項の()内の数字はキルケゴール(1966)のページ数を示す。
2, 5. 本項の()内の数字はキルケゴール(1980)のページ数を示す。
3, 6. 本項の()内の数字はキルケゴール(1996)のページ数を示す。
7. そしておそらくは両者の差異が正確に確定可能になるのも、この全般的類似性を基礎にしてではないだろうか。つまりキルケゴールにとって問題だったのはヘーゲルが「否定的なもの」を「論理学」なり「体系」なりに包摂し、何かしら自動的・機械的に処理しうるものとして扱っているように―少なくとも―見えることなのではないだろうか。
8. Werkeの第7巻49頁の意味。
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