夏目漱石『三四郎』を読む—「知」と「愛」の原初分割の提示と確証

 夏目漱石の『三四郎』は、漱石文学の一つの中心であるいわゆる前後期三部作の始まりをなす非常に重要な作品である。

 前期三部作は『三四郎』『それから』『門』、後期三部作は『彼岸過迄』『行人』『こころ』で、どれもいわゆる「近代的知識人の苦悩」を主題とする1)前期と後期の違いは、前期では知識人自身が主人公となるのに、後期では知識人の他にもう一人の人物がいわば視点人物として設定され、それが主人公となって、知識人の内面を垣間見るという構成をとる点にある。

 その端緒をなす『三四郎』はいわば問題提示編であり、『三四郎』の冒頭からしてすでにその問題は明白である。すなわち、「近代的知識人の苦悩」とは「知」と「愛」、もっと抽象的に言えば「否定」と「肯定」という人間性の二つの論理ないし世界の対立なのである。

 『三四郎』は「知」と「愛」の原初分割を提示し確証する物語なのだ

 以下、三つの節で、(1)「知」と「愛」の二つの領域が印象的に描出される『三四郎』の冒頭第1章、(2)「知」と「愛」の世界の分割を自覚的に提示する『三四郎』の第4章、(3)「知」と「愛」の原初分割を確証する『三四郎』の全体の筋と結末を、それぞれ論じていこう。

1、三四郎の上京―前後期三部作の始まる場所

 『三四郎』は主人公三四郎の上京場面から始まる。すなわち、彼が熊本の高等学校を卒業して、東京帝大に入学するために鉄道で上京してくる場面である。

 この最初のシークエンスで、簡潔に、かつこの上なく印象的に「知」と「愛」というテーマを提示する漱石の手際は、やはり尋常ではない。

 具体的に見ていけば、最初に描かれるのは「愛」の側、すなわち、三四郎の近くの座席についた女性である。

 彼女はその肌の色の濃さのために、九州出身の三四郎にとって、何がしか同郷のよしみのような形で親近感を抱かせる。だが、他方、彼女の見目は三四郎の幼馴染の女性である「お光」より数段洗練されているのである。彼女は三四郎にとって近くかつ遠い存在だ。

 この近さと遠さの絡み合いが、三四郎の「興味」を惹いたのだろう。三四郎はその女性と他の乗客との会話に聞き耳をたてる。

 そこで語られるのは、女性の夫が日露戦争後、中国の方に行ったきり半年も連絡がないという事実であり、三四郎の持っている「興味」を背景とすれば、ここでその女性の抱える「孤独」が、ある仕方で匂い立ってくるわけである。

 この「興味」と「孤独」が、次の場面につながる。その後、女性は三四郎に声をかけ、名古屋で一泊する際に三四郎と同じ宿の同じ部屋に宿泊する。彼女は風呂にも一緒に入ってくるし、一緒の布団に寝ようとまでするのだ。

 三四郎は自分の潔癖性を盾に同衾を拒否するが、それが翌朝の別れ際の女性のセリフ「あなたは余っ程に度胸のない方ですね」につながる。

 さて、このセリフは三四郎の「興味」と「不行動」のギャップを突くもので、三四郎はこれに射抜かれてしょんぼりしてしまう。

 だが、三四郎は自分が高等学校を出て「帝国大学」に行くという事実を思いだし、さらに将来はすぐれた「学者」になることを空想することで立ち直る。

 こうした三四郎の思考の展開に合わせて、場面は「愛」から「知」へと移り、名古屋からは同席者として、たまたま乗り合わせた「偉大なる暗闇」広田先生が三四郎の東京への旅に同伴する。

 広田先生は、日露戦争に勝利して欧米列強に肩を並べたと思い込んでいい気になっている日本の空気に水を差す。日本は「亡びるね」というのだ。それに続けて以下の場面。

(広田先生)「熊本より東京は広い。東京より日本は広い。日本より・・・・・・」で一寸切ったが、三四郎の顔を見ると耳を傾けている。
「日本より頭の中のほうが広いでしょう」と云った。「囚われちゃ駄目だ。いくら日本の為を思ったって贔屓の引倒しになるばかりだ」
 この言葉を聞いた時、三四郎は真実に熊本を出た様な心持がした。(新潮文庫、p.24、1節末尾)

 こうして、漱石はこの短い第一シークエンスで、前後期三部作を徹底的に構造化している構図を、この上なく明確かつ印象的に提示する。

 すなわち、一方に、広田先生に代表される「知性」の運動がある。「知性」とは何か。その起源は、私見によれば、有機体の自己関係性に存する。

 この私見をここでも簡潔に展開しておこう(詳しくは「なぜ「ポジティブ・シンキング」は存在しないのか?—プラトン的な「知・情・意」の区別から」などを参照のこと)。

 有機体は世界を表象する。だが、これだけではその表象は、ある有機体の観点からの世界の眺めとして、徹底的に主観的である。

 この表象が客観性へと開かれるのはいかにしてか。あるいは、もっと根本的にいえば、そもそも「客観性」なるものが思考可能になるのはいかにしてだろうか。

 これに対する私の答えは「表象自身が表象されることによって」というものである。言い換えれば、「表象していることを表象すること」「自分が見ていることを見ること」によってである。

 そうすることによって、いま見えているものは「私が見ているもの(=主観)」であり、それとは「別のもの、別の視点、ある外部(=客観)」が存在することが、そもそも思考可能になるのである。

 これは「意識」という言葉を使えば、意識が意識自身を意識することとして、「自己意識」と呼ぶことができる。

 「知性」が主観ではなく「客観」に即そうとする運動であるとすれば、かくして、その起源は有機体の自己関係性、すなわち、「自己意識」のうちにあるのだ。

 知性は客観性に即そうとする運動である。客観性の起源は「自己意識」にある。ただ、自己意識のうちにあるのは客観性の起源だけであり、客観性そのものではない。

 言い換えれば、自己意識のうちにあるのは所与の主観性の否定ないし相対化だけであり、それは客観性への開けの前提ではあっても、客観性への開けそのものではないのだ。

 このようなことは、一見、些末なことへの拘泥に見えるけれども、いまここで理論的に穿たれた差異にこそ、「知性」の持つ困難の一切が存している。

 すなわち、知性は客観性へと開かれることなく、否定の無限亢進、メタレベルへの無限後退という「自閉」の道をも持っているのである。これが漱石作品に典型的な「知識人」の精神の運動を規定している。

 つまり、知性は以上のようなものであることによって、広田先生が言うように「日本」のような特定の「外」的な対象への囚われから自由になる運動であるだけではなく、自己の「内」なる諸根拠の掘り崩しの運動でもある。

 そのことの帰結として、何も肯定せず、従って何もしない高踏的な「高等遊民」的人物や、種々の疑惑や懐疑のために人生に思い悩む「煩悶青年」的人物を生み出すのだ。

 もちろん、両者は「知」の形象として渾然一体となっているわけだが、強いて分類すれば、『それから』は「高等遊民的」、『門』『彼岸過迄』『行人』は「煩悶青年的」と言えるかもしれない。

 知性についての説明が長くなった。これに対する他方には、いわゆる恋愛の意味での「愛」がある。これは「知性」が「囚われちゃ駄目だ」という「否定」の運動であるのに対比していえば、世界内部の個別の対象に徹底的に囚われ、それを「肯定」していく運動であり、この対照がまずは両者の対立を生み出している。

 「愛」から見れば、「知」の否定性は単に意気地のなさの現れでしかないのである。

2、三四郎の三つの世界―「知」と「愛」の両世界の提示

 以上で見たように、『三四郎』の第1章ですでに三四郎は二つの世界、「知」の世界と「愛」の世界に出会っていた。

 これは三四郎の東京体験の予示であり、東京で三四郎は、一方で「知」の世界を代表する理学研究者である野々宮、「愛」の世界を代表する都会の華やかな女性である美禰子に出会う。

 この東京体験を三四郎が自覚的にとらえかえすのが第4章の「三つの世界」論である。

 三四郎は地元九州を第一の世界とする。それは「明治十五年以前の香」がするもので、要するに、知の広さや深みも、都市の華やかさも欠いている。

 第二の世界は、薄暗く小汚い図書館に象徴される、大学的な「知」の世界だ。ここの描写には、私などは一種「異様な親近感」を覚えざるを得ない。

第二の世界に動く人の影を見ると、たいてい不精な髭をはやしている。ある者は空を見て歩いている。ある者は俯向いて歩いている。服装は必ずきたない。生計はきっと貧乏である。そうして晏如としている。電車に取り巻かれながら、太平の空気を、通天に呼吸してはばからない。このなかに入る者は、現世を知らないから不幸で、火宅をのがれるから幸いである。

 第三の世界は、変転進歩著しい華の都である東京であって、そこには「電燈がある。銀匙がある。歓声がある。笑語がある。泡立つシャンパンの杯がある。そうして凡ての上の冠として美しい女性がある」。つまり、中心には「愛」がある。それは「愛」の世界である。

 三四郎はこの三つを統合して以下のような夢想へと至る。

三四郎は床のなかで、(…)この三つの世界をかき混ぜて、そのなかから一つの結果を得た。―要するに、国から母を呼び寄せて、美しい細君を迎えて、そうして身を学問にゆだねるにこしたことはない。

 さて、もちろん、そうは問屋が下ろさないのであって、最初に述べた通り、私たちの読解指針では、『三四郎』は「知」と「愛」の原初分割を提示し確証する物語なのである。

 次節では、このような結論に至るあらましをたどっておこう。

3、三四郎の結末―「知」と「愛」の原初分割の確証

 三四郎は三つの世界の統合を夢想する、しかるに、現実の彼はどの世界に属するかを決めかねている存在でしかない。

 その意味で、この三世界の間で未だに居場所の定まらない者として、三四郎は(本作で印象的に繰り返される言葉が示唆する通り)「ストレイ・シープ(迷羊)」なのだが、この非決定こそが三四郎を第二の世界、知の世界の住人たらしめる。

 というのも、愛は個別対象の徹底的な肯定として「決定」の要素を含むけれども、知は絶えざる否定の運動として永遠の「未決定」に親近するからだ。彼らは「責任を逃れたがる人」(美禰子)なのである。

 さて、『三四郎』にある筋らしい筋といえば、野々宮さんと三四郎と美禰子の間の三角関係である。

 そもそも、漱石が三角関係を多用するのはなぜか。それは漱石の物語の主人公となる知性偏重型の人物、いわゆる「近代的知識人」を、知の否定作用が本質的に持つ消極性の閉域を倒破して愛の場面へ引きずり出すためには、「愛」の対象への固執をいやましに強める三角関係が持つ構造的力学を活用しなければならないことを漱石が洞察していたからである(と私は思う)。

 美禰子が彼らを指して「責任を逃れたがる人」と言うのも、これと同じ方向を指し示す。知の運動は絶えずメタレベルに逃れ、何らかの決定と、それゆえに生じる責任を逃れ続ける。

 このことを洞察している美禰子は、かくして、野々宮さんの消極性を打ち破るために三角関係の力学を活用しようと、思わせぶりに三四郎に近づく。しかるに、野々宮さんも「度胸がない」三四郎も、結局のところ積極的には行為しない。野々宮さんは知の人であり、三四郎は「ストレイ・シープ」なのだ。

 このことの帰結が、美禰子が二人のどちらでもない人と結婚するという結末である。

 『三四郎』の最終場面は美禰子を描いた「絵」の展示の場面であり、そこに三四郎、野々宮さん、広田先生が、「絵」の観覧者としてやってくる。

 すなわち、最終場面にて、「知」の世界の面々を、婚姻の当事者ではなく、美禰子を「絵」として見て批評するだけの単なる「傍観者」として描くことで、漱石は、冒頭で提示された「知と愛」の世界の原初分割が正しく「確証」されたことを、これ見よがしに示すのである。

 これが『三四郎』の提示する問題状況なのだが、「知」と「愛」の関係は、この後、続く前後期三部作を通じて、非常に豊かに追求されていくことになる。

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1. 前期と後期の違いは、前期では知識人自身が主人公となるのに、後期では知識人の他にもう一人の人物がいわば視点人物として設定され、それが主人公となって、知識人の内面を垣間見るという構成をとる点にある。
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