第3章 語根「fuse」から始まるネットワーク

 では、語根「fuse」からネットワークを広げていきましょう。「fuse」を持つ重要な動詞は以下の2つです。

 ・confuse
 ・diffuse

 もう、どこが切れ目かは分かりますね?

 ・con/fuse
 ・dif/fuse

 です。ひとつひとつ見ていきましょう。

1、接頭辞con・comへの寄り道

 まずはconfuseについて。con・com(co、col、cor…)の意味は「一緒に(together)」です。

 ・com/munication(コミュ(ニケーション)1)現代日本には、これに障害がある、すなわち、自分は「コミュ障」と自称する人々が非常に多いようです。このことの理由を考えてみることは興味深い問題でしょう。・意思疎通)
 ・com/munity(コミュ(ニティ)2)ニコニコ動画やmixiのコミュニティーはよく「コミュ」と略されます。)・共同体)
 ・col/laboration(コラボ(レーション3)どういうわけか、最近はいろんなものがいろんなものとコラボしています。)・共同制作)
 ・co/operation(協力←一緒にオペレーションすること4)operationの意味は「手術・活動」、手術のことを「オペ」と呼ぶことを知らない人はいないでしょう。「活動」の意味では、PKOは知っている人が多いはずです。PKO=Peace Keeping Operation:国連平和維持活動。動詞operateは「作動する・~を操作する」。
 ・com/pany(会社・一緒にいること・仲間←一緒にpanを食べた仲間)

 などなど、現代の日本人なら誰でも知っている単語たちの中でも、この意味でのcon・comは大活躍しています。これらはどれも「一緒に」やることであるのを確認してください。

 さて、「一緒に」やれば、多くの場合、一人でやるより完璧にできるはずです。そこから派生したのかどうかはわかりませんが、con・comには「完全に」という、語を「強める」、いわゆる「強意」の意味も存在します。

 この意味を体現しているのが、「complete(形容詞:完全な、全部揃っている、動詞:完成させる、仕上げる)」です。

2、二つの「コンプ」について

2-1、「complete」と「social」、あるいはソシャゲとコンプ・ガチャ

 この語、「コンプリート」も、知っている人が多いでしょう5)「補って文を完全にする語」が、comple/ment、つまり、「補語(=C)」です。

 ガチャを引きまくって「全部のカードを揃える(つまり、コンプリートする)」と「特別なカード」がもらえるという「コンプ・ガチャ」システムは、あまりに悪どいと社会問題にもなりました。

 皆さんが、そのようなどんどんと「ユーザー(user=use + er=使う人6)「er」は「~する人」の意味の名詞を作る、名詞化の接尾辞です。player、researcher、teacher…。)」に課金させる「ソシャゲ」にハマって、いわゆる「重課金兵・廃課金兵」にならないことを祈るばかりです。受験生は、電車の中ではスマホゲームではなく単語帳を開きましょう。

 ところで、この「ソシャゲ」とはなんの略でしょうか?「ソーシャル・ゲーム」の略です。皆さんは、「ソーシャル(social)」の意味を知っているでしょうか?

 socialの意味は「社会的な・社会の」です。そして、その名詞形が「society(ソサエティ:社会)」です。

 「ソシャゲ」は、なぜそう呼ばれるのでしょうか?それは、それが「SNS(Social Networking Service)」上で、あるいはSNSとして、作動するからです。つまり、ネット上に張り巡らされた人間同士の関係、ある種の社会的関係の上でゲームが展開され、それが面白さの中核をなしているからです。

 ソーシャル(social)・ソサエティ(society)という語の起源にあるのは、「仲間」を意味するラテン語の「socius:ソキウス」です(後で詳しく述べますが、この「soc」はsoccerの中にも隠れています)。ソーシャル・ゲームとは、その意味では、人と人との関係、「仲間」との関係を楽しむゲームだとも言えましょう。

 しかし、もちろん、「仲間との関係を楽しむ」という明るい描像はソシャゲについての事態の一面しか捉えていません。先に触れた「重課金・廃課金」の裏のあるのは、「社会関係」から必然的に生まれる負の側面、すなわち、「人より優位に立ちたい」という欲望です。

 実際、ソーシャル・ゲーム大手のグリーは、成功するソーシャル・ゲームの鍵として、「自己顕示欲を最大化するソーシャルデザイン」を指摘しています7)[CEDEC 2011]稼げるゲームはこう作れ。グリーが明かす「セールスランキングNo.1プロダクトの作り方」

 このような話を耳にするにつけ、近代初期の社会思想家たちのことを思い出さざるを得ません。

 近代以前の西洋において、支配の正当性は神が王に支配権を与えたことを根拠としていましたが(「王権神授説」)、それに対して、近代初期の思想家たちは、国家は人々が自らの権利を守るためにした契約により作られたものであり、支配の正当性はその契約に基づくとの論理を組み上げます。

 これを「社会契約説(social contract)」というのですが、ここにまたconが出てきました。「tract」は「引っ張る」ことなので、「一緒に」の「con」と結びついて、「con/tract=お互いに引っ張りあって拘束しあうこと」→「契約」というわけです。

 さて、この社会契約という発想は、もし国家が契約のそもそもの目的である人々の権利の保護をせず、逆にそれを侵害するならば、その国家は正当性を失い、人々は抵抗する権利があるとの「抵抗権」への思想へと繋がっていきます。

 この思想の流れの始まりに位置する、イギリスの政治思想家・哲学者であるホッブズの著作『リヴァイアサン』は、国家なき「自然状態」を「万人の万人に対する闘争」とみなし、それを逃れて身の安全を確保するために、人々は自分の権利を全面譲渡する形であったとしても、国家の建設に賛同せざるを得ないと論じました。

 この国家を、ホッブズは旧約聖書に出てくる「リヴァイアサン(レヴィヤタン)」という海の怪物に例えたわけです。

 自然状態があまりに苛烈だからこそ、ホッブズにおいては、人々は自らの権利を「全て」国家に委ねざるを得ないのであり、したがって、まだ「抵抗権」といった発想が出てくることはありませんでした。

 ところで、なぜ自然状態は「万人の万人に対する闘争」なのでしょうか。動物たちの世界を見てみると、動物たちが同族でむやみやたらに殺し合っているということはないように見受けられるのです。

 ホッブズに言わせると、動物たちはとりあえず自分の生存が確保されていることで満足するのに対して、人間は、未来を予期する能力を持っているが故に、それに満足できません。

 自分の生存がいま確保されているだけでは足りない、明日の生存も確保するためには、いつ襲ってくるかもわからない隣人よりも、強くならなければならない…。

 こうして、未来に対する予期から、「他者に優越したい、しなければならないという欲望」が必然的に生まれてきて、いわば軍拡競争(?)が生じ、その緊張が万人の万人に対する闘争へと繋がっていくというのです。

 ソーシャルゲームの「自己顕示欲を最大化するソーシャルデザイン」という言葉は、このように初期の「社会(social)」思想家たちが洞察していたことを、奇妙な仕方で反響しているように思われるのです。

 そういうわけで、ソシャゲが「コンプ・ガチャ」などという代物を、それこそ社会問題となるほどに人々に売りつけることができたのは、やはり、それが「社会的なもの」の本質に根ざす欲望に応答するものだったからだと言えるでしょう。

 さて、私たちは、con・comの「完全に」という「強意」の意味から、completeへ、そこから「コンプ・ガチャ」へ、さらにそこから「ソーシャル・ゲーム」へ至り、そこで、「人より優位に立ちたい」という欲望にたどり着きました。

2-2、「complex」と「association」、あるいは「精神分析」の戦略

 どういうわけか、私たちはここでもう一つの「コンプ」に出会います。すなわち、「学歴コンプ」などという仕方で使われる、「コンプ」です。

 この「コンプ」は、日本語において、社会的な「人より優位に立ちたいという欲望」の裏面、つまり、「人より劣位にあることに対する感情」、つまり、「劣等感」という意味で使われているように見受けられます。

 実は、この「コン(プ)」は日本語にあふれていて、「マザコン・ファザコン・シスコン・ブラコン」などの「コン」、そして「シネコン」の「コン」も同じです。

 この「コン(プ)」の正体はなんでしょうか?

 それは「complex(コンプレックス)」です。日本でコンプレックスというと、それこそ「学歴コンプ」のような、「劣等感」という意味の印象がきわめて強いのですが、それでは、「マザコン」や「シネコン」はどうなるのでしょうか?

 「マザコン」は、劣等感なのでしょうか?むしろ、この「コン」は「~が大好き」ぐらいの意味で使われているように思われます。

 謎解きをしていきましょう。complexとcompleteは非常に似ていますね。どちらも、pleという綴りを含んでいます。

 紛らわしいのですが、この二つのpleは異なる起源を持っています。completeのpleが「満たす(fill)」の意味なのに対して、complexのpleは「折る・曲げる・折り重ねる(bend・fold)」の意味を持つ語根です。

 この二つの語根は、どちらも複数の重要単語(「満たす」のpl:complete、supply、plenty、ample、comply…。「折り重ねる」のpl:apply、reply、complicate…)を形成しています。これらは、それぞれの語根のページで解説します。

 さて、com/pleteは、「完全に」「満たす」から、「完全にする・完成させる・完全な」の意味となります。例えば、だんだんと月が満ちてきて、最後の一日、ついに完全な満月となる。そういう風に「complete」をイメージしてもよいでしょう。

 それに対して、complexは「一緒に折りたたまれる」から、「複合的な・複雑な」の意味になります。

 紙などが何枚も一緒にぐちゃぐちゃに丸められている様を思い浮かべましょう。それが「complex(形容詞:複雑な・複合的な、名詞:複合体)」です。

 ここからすぐに「シネコン」は説明できます。シネコンは「シネマ・コンプレックス(Cinema Complex:和製英語)」の略で、複数のスクリーンを持つ、つまり、「複合的」な、大型の映画館のことを言います。

 たしかに、近年の大型ショッピングモールに併設されたシネコンは、たくさんのスクリーンを持っていて、中を歩いても、どういう構造をしているかわからないほど「複雑」ですよね。

 では、「マザコン」は、そして「学歴コンプ」なる語はどうでしょうか?ここに至るには、一つのクッションを挟む必要があります。

 それがすなわち、「精神分析(psychoanalysis:サイコアナリシス)」です。

 「精神分析」は、19世紀と20世紀の間の世紀転換期に、オーストリアの首都ウィーンで8)、精神科医のジークムント・フロイトによって創始されました。ある種の精神療法であり、ひとつの巨大な思想体系です。

 語源的には接頭辞に注目しておきましょう。「psycho/analysis」の接頭辞「psycho:サイコ」は、「魂」を意味した古典ギリシア語の「プシュケー」以来の伝統ある語で、「心」「精神」を意味します。名詞は、「psyche(サイケ)」です。

 例えば「psychology(サイコロジー)」とは、「psyche」に関する「logy=logic=ロジック=論理」であり、「心理学」を意味します。
 ポケモンの技としてよく知られる「サイコキネシス」とは、サイコ、すなわち精神の力によって、キネシス(運動)を起こすこと、すなわち、「念力」です。

 さて、精神分析に話を戻すと、その創始者であるフロイトが最も大事にし、それに沿うことで精神分析を作り出した前提は「すべての人間的なものには意味がある」というものです。

 一見すると無意味に見える患者のありとあらゆる言動を独特の仕方で徹底的に解釈し、意味づけていきます。ここに精神分析が文学批評の中で大きな位置をしめることになった理由があるのです。文芸批評とは、文学作品において語られていることにさまざまな意味を見出していく営みなのですから。

 さて、フロイトは、1900年代に幾人かの支持者と仲間を集めることができましたが、1910年代には、はやくも2人の重要な人物が、考え方の違いから、フロイトのもとを離れていきます。

 近年、非常に話題になったアルフレット・アドラーと、こちらは以前から有名なカール・ユングです8)近年、日本でも日常的に使われる「アイデンティティ(identity)」という語を、今のような意味、すなわち、「自己同一性」「自分が自分である根拠」「自分らしさ」の意味で用い始めたエリク・エリクソンは、フロイトの娘、アンナ・フロイトの弟子なので、フロイトの孫弟子にあたります。
 エリク・エリクソンが伝えている逸話によれば、フロイトは弟子に「人間が健康だと言える条件は何か?」、あるいは「あなたの人生にとって大切なことは?」と尋ねられて、シンプルに「Lieben und arbeiten」、すなわち、「love and work」と答えたといいます。

 さて、今回、重要なのは後者のユングです。ユングは「外向的」「内向的」といった性格区分を創始したことでも知られていますが9)有名な「MBTI」性格診断の基礎になっているのもユングの理論です。まだやったことのない人は、以下のサイトで試してみるといいでしょう。キャラクターも可愛いのでオススメです。、「コンプレックス(Komplex:ドイツ語綴り)」という語を専門的な術語としてはじめて用いたのも、ユングだと言われています。

 では、この「コンプレックス」とは、いかなる意味なのでしょうか。

 このことを明らかにするためには、フロイトの考えを一瞥しておくといいでしょう。

 フロイトが「精神分析」を創始することになったのは、「ヒステリー」の治療です。

 ここでヒステリーとは、身体には実際には何の問題もないにも関わらず、しびれや麻痺、不随意運動、その他、様々な身体的な症状が出る疾患を指します10)現代日本において、この「ヒステリー」という語は非常に興味深い意味で用いられています。その用法と、精神医学上の「ヒステリー」の関係は、非常に興味深い問題を提起しています。ヒステリーという語自体は、「子宮」を表すギリシア語に由来します。

 このヒステリーを、フロイトは、催眠状態下である種の記憶を想起させることで治療することに成功します。

 その記憶とは、普段は思い出されないような「外傷的=トラウマ的11)この「トラウマ」という語も、精神分析によって、初めて現在のような意味で大々的に用いられるようになった言葉です。」な記憶であり、それが催眠状態下で、大きな感情を伴って想起され、語られ尽くされた後には、様々な症状がぱたっと消えてしまったというのです。

 ある記憶と、それにまとわりつく強い感情が、語られるという仕方で表出され得なかったからこそ、それは症状として別の仕方で現れたのであり、逆に言えば、それを語りにもたらすことができれば、症状はおさまるというのです。

 このような経験の蓄積から、フロイトは以下のような議論を作り出します。ある種の記憶は、その「外傷的=トラウマ的」な性質のために意識によって忌避され、「抑圧(repress)」されます。

 すなわち、それが意識にのぼってきそうになると、意識はそれを嫌がり、それを「re/press」、つまり「反対に(re)/押し(press)戻す」=「抑圧する」ことをしてしまうのです。

 さて、この「抑圧」された記憶や思考の座が「無意識」です。無意識とは、単に意識されていないことではなく、意識が意識したくないがために外に追いやられたものが巣食う場所なのです。

 しかし、それらは抑圧されたとしても、やはり残っており、強いエネルギーをもっているので、何らかの仕方で表に出ようとして様々な症状を引き起こすのです。症状の代わりに、この抑圧された記憶そのものを語りにもたらし表出せしめること、これが精神分析の治療の根幹です。

 ここで、もう少し詳しく、この「抑圧されたもの=無意識」の性質について見ていきましょう。ある症例の中で、フロイトは、無意識を「ポンペイ」になぞらえています。西暦79年に火砕流の底に沈み、それゆえにこそ、1700年ほども経ったのちに極めて良い状態で再発掘されることのできた、イタリアの古代都市です。

 この喩えの言わんとすることは、ポンペイと同様に、無意識の諸想念も、それが意識によって抑圧され、ある意味で埋もれてしまっているからこそ、常に劣化していく意識的な記憶と違って、決して劣化することがないということです。

 そして、フロイト曰く、無意識は劣化しないだけではない。それは植物のように成長します。すなわち、中心的なトラウマ的記憶が、それと関連する諸記憶を引き寄せ、さまざまな意味的な関連、あるいは語の形態上の類似を通じて、もろもろの想念を広大なネットワークへと組織化するというのです。

 さて、ここでようやっと「コンプレックス」という語を、精神分析が採用した、あるいは、ある意味で発明した必然性が見えてきます。

 抑圧によって生み出された無意識の諸想念は、それが生み出す連想関係のネットワークのために、必然的に、複雑で複合的な構成体、つまり、「心的複合体(Komplex)」となるのです。

 ここから、現代日本における「コン(プ)」を説明するのは、もはや容易です。

 「コン(プ)」とは、本来は、無意識における抑圧された諸想念の複合体を意味します。

 それが劣等感を中心に組織されていれば「an inferiority complex(inferiority=劣等性)」となります。ここから前半部分のinferiorityを取り除いた上で、complexという単語自体を、いかにも日本人らしく短縮すると、劣等感という意味での「コンプ」という語が生じます。

 この語義は、もともとの「Komplex」の語義からすると、相当の単純化と変化を被っていますね。

 「マザコン…」などは、それよりはまだ、その本来の語義との関係を保っていると言えるでしょう。

 というのも、フロイトからすれば、無意識の中核に位置するもの、つまり、最も「外傷的=トラウマ的」で、したがって抑圧されなければならない記憶とは、基本的に、幼児期の家族関係の記憶だからです。

 極めて単純化すれば、フロイトにとって、それは異性の親に対する叶うことのない激しい愛着であり(いわゆる、エディプス・コンプレックス)、あるいはまた親の愛を奪い合う兄弟に対する、激しい敵対心です。そういったものが抑圧の中心にあるというのです。

 おそらく、ここから親への強い愛着といった意味だけを継承する形で、「マザコン・ファザコン」などという言葉が作られ、そこから「シスコン・ブラコン」などの言葉も派生したのでしょう12)フロイトにとっては、「異性の親」が「愛着の対象」、「同性の親」と「兄弟」は「異性の親」の愛を奪い合うライバルという構図が中心なので、愛着を意味する「ブラコン」「シスコン」といった表現は、やはり相当程度ズレたものではあります。

 これらの語彙に、しかし、抑圧された無意識の想念のネットワークとしての「コンプレックス」の意味はほとんど失われてしまっているようです。

 「コンプレックス」とは無意識の心的複合体ですから、本人には決して意識できず、ただ、本人の言動のうらに想定しなければ、その多くの言動が理解不能になってしまうような、そういう構造体なのです。

 いずれにせよ、言葉が被る歴史的変化の、極めて興味深い事例を、私たちはここに垣間見ることができるでしょう。

 ところで、先に精神分析の治療は、意識が抑圧した無意識的なものを、しっかりと想起し語りにもたらすことによって、無意識的なものが症状を生み出すことを終わらせることにあることを指摘しました。

 しかし、意識が見まいとして抑圧したものが無意識であるとするならば、いかにして、無意識を明らかにできるのでしょうか?

 ここでは、無意識における「complex=複雑な」連想関係のネットワークを逆用することが必要になります。

 まずは意識による検閲が働かないように、なるべく意識的な思考を働かせないようにしながら、とにかく頭に浮かんでくることをしゃべるよう、患者に指示します。

 患者は、思いつくままにいろいろなことをしゃべっていきますが、そのうちに、ある種のヒントになるような一群のテーマがぼんやりと姿を現してきます。

 無意識が常に連想のネットワークであるがゆえに、このような思いつきの中に無意識の中核へと至るための、連想のネットワークの入り口が開けているわけです。

 この無意識の「complex=複雑な」連想関係のネットワークを逆用する方法、そのためにとにかく思いついたことを述べていくという方法を、フロイトは「自由連想法(free association)」と呼びました。

 さて、ここに再び「soci」が現れたことに気づいたでしょうか?復習すれば、「soci」はラテン語の「socius(仲間)」に由来し、もともと人と人との結びつきを意味しました。そこから、「society(社会)」という語も生まれてきたわけです。

 この「soci」を使った動詞が、sociに「ad(英語のtoにあたるラテン語)」という接頭辞と、動詞化の接尾辞「ate」をつけた「associate」です。

 ad(~へ) + soci(人と人とのつながり)+ ate (動詞化)

 → ad soci ate → associate

 associateは、人と人とを結びつけることも意味しますが、より幅広く結びつけること一般を意味します。それは「socへ(ad=to=へ)」の動きを意味するのです。

 具体的には、「associate A with B」で「AをBと結びつける、結びつけて考える、連想関係で結びつける」といった意味になります。

 その名詞形がassociationですが、これには「連想」という意味の他に、人と人との結びつきである「協会」という意味があります。

 以前にちょっと触れた「soccer」とは、「Association Football」、つまり、「協会によって運営されるフットボール」の略、その中の「soc」に「~する人」という意味の名詞を作る名詞化語尾「er」をつけたものだったのです。

2-3、言葉の「連想的ネットワーク」を体感する

 ところで、私たちの出発点を覚えているでしょうか?私たちは「refuse」から始め、「confuse」を説明しようとしていたのでした。

 con・comについて話をしはじめたところ、その「強意」の意味をcompleteから説明したところから話が脱線に脱線を重ね、ここまでやってきたのでした。

 いわば私は「自由連想(free association)」に身を任せたとも言えるわけですし、ここまでの話の流れは、ある意味では一種のお遊びにすぎませんが、しかし、真面目な意図がないわけではないのです。

 その意図というのは、第一に、この話の全体を通して、語と語がネットワークを形成して、連想を通じて芋づる式に思い出されるとはどういうことか、語が形成する連想のネットワークとはどういうものかを知って欲しかったということです。

 そして、第二に、語源を訪ねることの面白さ、語が歴史的に変化していくダイナミズムの不思議さを体感して欲しかったということです(「コン(プ)」や「サッカー」の話)。

 最後に、第三に、現代日本語の表現を出発点(=橋頭堡)として、英語表現を攻略していくことの可能性を知って欲しかったということもあります(サッカー、コンプ・ガチャ、コミュ障、ソシャゲ、マザコン…)。

 記憶は、すでに岩盤のように確固たるものとして定着しているものと関係づけられることでこそ、これまた確固たるものとして定着します。

 ならば、私たちが日々喋っている日本語に出発点を取らない理由などないのです。

3、そろそろ「confuse」に戻りますか

 さて、confuseです。

 もはやお分かりでしょうが、この単語は以下のような成り立ちを持っています。

 con(一緒に)+ fuse(注ぐ)

 では、どのような意味になるでしょうか。杯にいろいろな人が同時にいろいろな飲み物を注ぐとすれば、注がれた人は、その味に「混乱」させられるのではないでしょうか。

 サイゼリヤなどで中高生がよくやっていますが、コーラとメロン・ソーダとジンジャー・エールを混ぜたりしようものなら、奇妙な味の組み合わせが次から次へと押し寄せてきて、舌が混乱する…悪い場合には、吐き気を催すでしょう。

 そう、confuseの意味は「混乱・困惑させる」であり、その名詞化「confusion」は「混乱・困惑」です13)ちなみに、conを取り除いた「fusion」は、「融合」です。注ぎ込まれたものは、混ざって一つのものに「融合」していくというわけなのでしょう。ドラゴンボールでキャラクターたちが変なポーズをとりながら、「フュージョン」と唱えて合体していくシーンを思い出す人もいるかもしれません。

 また、confuseは「一緒に注ぐ」というイメージとより直接的なつながりを感じさせる語義として「混同する」という意味ももっています。

4、「diffuse」について

 さて、次はdiffuseに行きましょう。

 dif/fuseの、このdifとはなんでしょうか?

 これは、associateにおいて、adがうしろのsに同化して、asになっているのと同様、うしろのfに同化した形であって、もともとの形はdisです。

 この接頭辞disもラテン語から来たもので、同じくラテン語の「duo」と同様の由来を持っています。

 では、「duo」とは?二人組の歌手を「デュオ」と呼んだり、二人で歌う事を「デュエット(duet)」と呼んだりすることは日本語でもよくあります。

 あるいは「デュエル(duel)」という単語を思い出してもいいでしょう。デュエルとは、二人でやる決闘のことです。

 さて、以上からもうお分かりの通り、「duo」は「2」であり、disの基本義も「2」です。

 その「2」から様々な意味が生じてきます。「2」というのは、「2つに分かれて」ということですから、最初に現れるのが「分離」。

接頭辞 dis

 分かれ離れるということはいろいろな仕方で生じます。例えば、それは 邪魔なものを排除する「除去」の結果でもありますし、あるいは人から何か必要なものを奪う「剥奪」の結果でもあり得ます。

 そして最後に分かれ離れたもの同士は、お互いに異なるがゆえに、否定しあうこともしばしばです。

 こうして、最後に「反対・否定」の意味も生じてくるのです。最近は、「批判する」の意味でよく「ディスる」なんて言葉を聞きます。これは、disのもつ否定感をよく表しています。

 disについては、もともとが「2」であり、そこから「分離」の意味が生じ、その派生として「否定・反対」などもあるぐらいのことはおさえておくと良いでしょう。

 さて、ここまできて、diffuseです。

 dif(分離)+ fuse(注ぐ)

 あるものを一つの場所にずっと注ぎ続けるのではなく、様々な別の、相互に離れた場所に注いでいく場面を想像しましょう。

 例えば、水が出ているホースを持って、くるくる回る自分を。もちろん、ホースの先端の真ん中をうまい具合につぶすことで、噴出口を「2」つにし、水流の勢いを何倍にも増しながら。

 これがdiffuseの意味、すなわち、「撒き散らす、拡散する、普及させる」です。disについて、これ以上は個別の接頭辞ページにて取り扱いましょう。

 さて、寄り道に寄り道を重ねましたが、「fuse」についてはこれくらいにして、次章では、「refuse」の接頭辞「re」から始まるネットワークを作り上げていきたいと思います。

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第2章 接頭辞・語根・接尾辞—単語を分解できるようになろう!
第4章 接頭辞「re」から始まるネットワーク

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References   [ + ]

1. 現代日本には、これに障害がある、すなわち、自分は「コミュ障」と自称する人々が非常に多いようです。このことの理由を考えてみることは興味深い問題でしょう。
2. ニコニコ動画やmixiのコミュニティーはよく「コミュ」と略されます。
3. どういうわけか、最近はいろんなものがいろんなものとコラボしています。
4. operationの意味は「手術・活動」、手術のことを「オペ」と呼ぶことを知らない人はいないでしょう。「活動」の意味では、PKOは知っている人が多いはずです。PKO=Peace Keeping Operation:国連平和維持活動。動詞operateは「作動する・~を操作する」。
5. 「補って文を完全にする語」が、comple/ment、つまり、「補語(=C)」です。
6. 「er」は「~する人」の意味の名詞を作る、名詞化の接尾辞です。player、researcher、teacher…。
7. [CEDEC 2011]稼げるゲームはこう作れ。グリーが明かす「セールスランキングNo.1プロダクトの作り方」
8. 近年、日本でも日常的に使われる「アイデンティティ(identity)」という語を、今のような意味、すなわち、「自己同一性」「自分が自分である根拠」「自分らしさ」の意味で用い始めたエリク・エリクソンは、フロイトの娘、アンナ・フロイトの弟子なので、フロイトの孫弟子にあたります。
 エリク・エリクソンが伝えている逸話によれば、フロイトは弟子に「人間が健康だと言える条件は何か?」、あるいは「あなたの人生にとって大切なことは?」と尋ねられて、シンプルに「Lieben und arbeiten」、すなわち、「love and work」と答えたといいます。
9. 有名な「MBTI」性格診断の基礎になっているのもユングの理論です。まだやったことのない人は、以下のサイトで試してみるといいでしょう。キャラクターも可愛いのでオススメです。
10. 現代日本において、この「ヒステリー」という語は非常に興味深い意味で用いられています。その用法と、精神医学上の「ヒステリー」の関係は、非常に興味深い問題を提起しています。ヒステリーという語自体は、「子宮」を表すギリシア語に由来します。
11. この「トラウマ」という語も、精神分析によって、初めて現在のような意味で大々的に用いられるようになった言葉です。
12. フロイトにとっては、「異性の親」が「愛着の対象」、「同性の親」と「兄弟」は「異性の親」の愛を奪い合うライバルという構図が中心なので、愛着を意味する「ブラコン」「シスコン」といった表現は、やはり相当程度ズレたものではあります。
13. ちなみに、conを取り除いた「fusion」は、「融合」です。注ぎ込まれたものは、混ざって一つのものに「融合」していくというわけなのでしょう。ドラゴンボールでキャラクターたちが変なポーズをとりながら、「フュージョン」と唱えて合体していくシーンを思い出す人もいるかもしれません。
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