本作は、とても読みやすい文体で、キャラクターの会話のテンポも良く、内容も面白いので、最後まで一気に読んでしまった。
新潮文庫nexのための書き下ろしということで、表紙には上の通り、可愛い—とはいえ、コテコテの萌え絵ではない—イラストが付いているものの、中には挿絵はない1)その点は、ちょっと残念かもしれない。。
つまり、コテコテのライトノベルではないのだが、それでいて、どこか、「ザ・ライトノベル」といった感じのする小説だった。それは、本作がいわゆる「おたく/オタク」を描く作品の伝統に忠実だからかもしれない。この点を考えてみよう。
さて、まずは簡単に本作のあらすじを見ておくと、主人公は大学入学を機に上京してきた男子大学生。慣れない環境に戸惑いつつも、可愛い女の子と出会い、その子と同じ漫研にも入って、濃い漫画話や創作を楽しんでいく。
それにしても、まず注目すべきなのが、オタクの(自意識の)変わらなさである。
すなわち、この漫研の面々に関して常に強調されるのが、その漫画への熱意、真面目さ、「濃さ」ゆえに、世間一般の単に盛り上がるため、相互の一致を確認するための「薄っぺら」なコミュニケーションに馴染めないという点、そこに傷を持っているという点なのだ。
世間は、とにもかくにも盛り上がりたいウェイたち(?)によって構成されているのであって、そこで何か物事を真面目に考え、それについて語ろうものなら、その暑苦しさゆえに排除されてしまうのである。
その排除された漫画ガチ勢たちの溜まり場が、本作の舞台である漫研「パラディーゾ(楽園)」なのだ。
これを「変わらなさ」というのは、この構図が、おそらく物語的な作品という形でオタクの自意識を表現した最初期のものといっていい、ガイナックスの『おたくのビデオ』と同じだからだ。
これは90年代初頭に80年代初頭を描いた作品で、要するに60年ごろに生まれた、おたく第一世代(=ガイナックス)の自画像である。
こちらの場合、主人公が大学入学と同時にテニスサークルに入会するのだが、主人公だけがガチでテニスをしようとしており、とにかくワイワイ楽しくやることが目的の周囲から、あいつだけ「テニス部」をしていると揶揄される。
こうしてテニスサークルで浮いてしまった主人公は、高校時代の旧友に出会う。彼に「本気」「マジ」な奴らを紹介されるわけだが、そいつらは全員、おたく的趣味に「マジ」なのである。
全共闘と浅間山荘事件後の70年代のいわゆる「シラケ世代」の、さらに後のこの世代にあっては、もはや本気さはおたく趣味においてしか可能でないようなのだ。
さて、彼らの熱に感化された主人公はおたく化し、おたく的趣味を楽しむと同時に、まさしくガイナックス(というよりゼネプロ)的に、ガレージキットで起業し、おたくの生産側として、紆余曲折ありながらも、最終的には成功していく。
物語の中心点が、おたくサークルにおいて生産(創作)側になることを目指して努力するという点にあることにおいても、『おたくのビデオ』はのちのおたくを描く諸作品の範型になっている。
例えば、おたく、というより、「オタク」を描く作品として、いまや古典的なものとして数えられるべき『げんしけん』と、そのネガのような位置にある『ヨイコノミライ』は、どちらもオタクサークルの物語であり、そこでのオタク的語りの楽しみと同時に、やはり創作への取り組みを問題化している。
『おたくのビデオ』にほとんど存在せず、これらの作品に濃厚にあるのは、「オタク的な」、あるいは「オタクの」恋愛である(『おたくのビデオ』では、恋愛はおたくが苦手なものとして語られるに留まる)。
『げんしけん』初代の荻上に範型的な形で見られることだが、そこでの典型的な問題ないし物語展開は、人間関係に傷を持つヒロインが、それを再発する形で人間関係から撤退しようとするのだが、そこをどう主人公が救えるのか、そこに二人の恋愛の成否が重ね合わされるというものだ。
この様式に当てはまる美しい作品として、例えば『AURA』や『NHKへようこそ』なども挙げられるのだが、いつまでも回り道していないで、そろそろ『モノクロの君に恋をする』に回帰すれば、本作はこういった形の「おたく/オタク」を描く作品の伝統に極めて忠実であり、『おたくのビデオ』以来のオタクの自意識を物語の基礎状況として採用しながら、漫画談義という形で読者とキャラクターがオタクネタを共有する楽しみを日常描写の根幹として織り交ぜつつ(これは『らき☆すた』以降顕著になったものだろう)、先に見たような、いささか美少女ゲーム的な形式の恋愛物語を描き出す。
本作の特徴は、そのどれもが高い水準で、しかも、極めてテンポの良い流れるような文体にのせられて描出されていることであり、古典的なテーマを反復しつつも、作品自体の面白さを通じて、それらが古典的なテーマたり得ている理由を思い出させてくれるような、そんな作品であるように思う。
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References
1. | ↑ | その点は、ちょっと残念かもしれない。 |