私の夏目漱石の読み方は、いまのところ、前後期三部作と最後の『明暗』を中心としている(他をさほど読んでいないこともあって…)。
前後期三部作において、よく言われる通り、漱石は「近代的知識人の苦悩」を展開する。
私の理解では、これは「知(否定)」と「愛(肯定)」という人間に内在する二つの論理の対立であり、最初の『三四郎』で提示されたこの問題が、全六作品を通じて徐々に深められ、『こころ』でその最終的な定式化まで至るのが「前後期三部作」である。これによって「近代的知識人の苦悩」の問題は展開されきり、漱石の文学は次の段階に移行する。
この移行が実現したのが『明暗』であり、ここでは知識人のみならず、さまざまな人のエゴが貧富・美醜・賢愚といった「社会的ヒエラルキー」を軸に激突する。それはいわば「近代市民社会という戦争」を描き出すものとなるのだ。ここに漱石文学の到達点があると私は思う。
以下、それぞれの作品を論じていく。